ストレンジ カメレオン -B side-
当日になってドタキャンはどうかな、とも思ったのだが、結局行く気にはなれずに、 マサムネは「生徒会の仕事がまだ残っているんだ」と断ってしまった。 雪男は、色々とひきとめたが、結局あきらめて、一人で出かけた。 ほっとした反面、少し寂しい気がする。 理由に生徒会を使ったので、生徒会室に行かないわけにも行かない。 寒い中、学校に行くのも嫌だったが、新年会よりはマシか、と、マサムネはあきらめて 制服をきちんと着て、学校から少し離れたところにポツンとたっている、プレハブの 倉庫のような生徒会用の建物へと向かった。 特に急ぐ用もない書類を整理しながら、マサムネは色々考えていた。 今頃雪男は、健と楽しくやっているんだろう、という投げやりな考えから、自分が ボーリングへ行っていたら、健と自分、どちらを多く気にかけていただろう、という、 答えも出ない疑問まで、色々である。そのほとんどが、マサムネの気分を暗くしていた。 マサムネは、他人に思われているほど、自分を強いとは思っていない。愛想笑いとか、 そういうものが下手なので、それを隠すために強がっているだけなのである。 この前雪男が冗談で言っていた言葉は、けっこう的を得ていた。 『マサムネは、カメレオンになれないカメレオンみたいだな』 結局、誰の色にもなじめないのか。 生徒会室にそなえつけられている給湯器から、お湯を出してお茶をいれ、一人で 飲んでいると、なんとなく寂しい気分になった。 空気が暖房で乾燥しているからか、妙に目が涙目になる。 ためいきをついてメガネをはずし、目をこすったところで、ガラリと生徒会室のドアが、 いきなり開いた。 「…ワタナベ先輩…」 コートを着た生徒会長のワタナベが、そこには立っていた。 ワタナベも、まさか生徒会室に人がいたとは思っていなかったらしく、驚いた顔をして いる。 「お前…新年会はどうしたんだ…」 「いや、その……仕事が残っていたので…。先輩こそ、どうされたんですか?」 「俺も……その、仕事があったんだ」 ワタナベは、視線をさまよわせた後、そう言った。 嘘だ、ということは、お互い分かっていた。 この時期に仕事がないことは、会長であるワタナベと、その補佐をしている書記の マサムネがよく知っている。 「…ま、お互い嘘はやめようか…」 ワタナベは、そう言って、マサムネに笑いかけた。 「…お茶でも飲みます? 寒いでしょう」 「あ、…いや、飲み物は持ってきたんだ…」 ワタナベは、コートを脱いでイスの背にかけると、普段雪男が座るマサムネの隣の 席についた。そして、持っているビニール袋から、次々と缶を取り出した。 「…お酒じゃないですか」 「缶チューハイだよ。お前も飲むか?」 マサムネの机に一つ缶を置くと、ワタナベはさっさと缶をあけ、ぐびぐびと飲みだし た。そして、ビニール袋からさらに柿ピーやアタリメを取り出して、食べる。 「会長、こんなところ先生に見つかったら…」 「今学校には警備員しかいないよ。警備員のオッサンには、もう根回ししておいた。  ちょっと立て込んだ仕事するんで、生徒会室の見回りは大丈夫ですって…。お前、  いらないのか?」 ワタナベは、アタリメを口にくわえたまま、喋る。 「…何かあったんですか?」 「別に。ちょっと飲みたい気分なんだ」 マサムネは、自分の机の上に置かれた缶とワタナベを何度か見比べた後、缶を開けた。 プシュッと小気味いい音をたてて、フルーツの匂いが流れてくる。 「その桃の缶チューハイ、うまいぞ」 ワタナベの言葉を聞きながら、マサムネは、口をつけてみる。 甘ったるい炭酸で、のどがキュッとしまった。そして、すぐにアルコールでカッと 熱くなる。 「酒、飲むのか?」 「…まぁ、けっこう友達と。…あんまり好きじゃないんですけど」 「そっか」 二人はだまって、もくもくと酒とツマミを消費していった。 お互い、自分が新年会を休んだ理由を聞かれたくないから、相手のも聞かなかった。 ワタナベが2缶目に手を伸ばしながら、ぼそりとつぶやく。 「今頃、みんな一次会盛り上がっているのかな」 「そうじゃないですかね」 マサムネも、同じようにぼそぼそとつぶやいた。 「…」 しばらく沈黙があり、ワタナベがぷっと吹き出す。 マサムネが何かと思って見ると、ワタナベは抑えきれなくなったらしく、ゲラゲラと 笑い出した。 「ワタナベ先輩、もう酔ったんですか?」 「いや、俺達って、まるで非モテだな、って思ってさ」 ワタナベは、空になったアタリメの袋を捨て、新しいアタリメの袋を出した。 どうやら、アタリメが大好きらしい。 「非モテって…」 「そうだろ? お前もどうせ、みんなと騒ぐ気分じゃないとか、誰かとケンカ中だから、  とかそんな理由で新年会欠席したんじゃないのか?」 「いや…そんな理由じゃないんですけれど…まぁ…」 上手く自分の気持ちを説明できなくて口ごもると、ワタナベはぐびぐびと酒を飲みなが ら、言葉を続けた。 「…俺は、新年会で騒ぐような気分じゃなかったんだ。今日はさ。  でも、いざ参加しないとちょっと寂しくなってな。こうして、生徒会室で皆が来ない  と分かっていながら、一人で寂しく飲んで、自己憐憫にひたろうと思って来たんだ」 マサムネが缶を空けたのを見ると、ワタナベはすぐに二缶目を渡してきた。 マサムネも抵抗をせずにそれを受け取り、また飲む。 こころもち、頭がぐらぐらしてきた。酔ってきたのかもしれない 「…マサムネは、誰かを好きになったことはあるか?」 「……ええ。少しは」 「そうか…」 ワタナベは、そこでだまりこんだ。 しばらく沈黙が続き、今度はマサムネが口を開く。 「先輩は、誰かに恋をしているんですか?」 マサムネの質問に、ワタナベは飲む手を止めて、少し迷った後、静かに答えた。 「…まぁな」 恋っていう言葉も、少し恥ずかしいよな、と言葉を続けて、また缶をあおる。 ワタナベは、明らかに酔っていた。 マサムネは、少しぼんやりとした頭で考える。 ワタナベは、今まで誰かと恋愛中とか何とか、そういった話題が無かった。 自分で、「もてない」ということをネタにするような人だ。 彼女が出来たとかそういった話題なら、むしろ自分から話すだろう。 こうして口ごもるなんて、まるで祝福されない恋なんだろう。 「…マサムネは、好きな人に対しても、強いんだろうな」 ワタナベは、2缶目を早々と空けたらしく、3缶目を選び出した。 「そんな…強くなんてないですよ」 「…好きなヤツに、言いたいことを我慢するなんてこと、あるのか?」 「あります…けど」 ワタナベは、3缶目はあけずに、手で少し遊びながら、迷うようにつぶやいた。 「…昨日、兄貴にさ」 いきなり生徒会顧問の体育教師の名前が出てきて、マサムネは驚いた。しかも生徒会長 とはいえ、生徒であるワタナベが呼び捨てだ。 「はい」 マサムネは、なるべく動揺を悟られないように、返事をした。 ―――そういえば、兄貴先生とワタナベ先輩は、怪しげな噂が流れていたことがある。 「兄貴に、『お前はカメレオンになりすぎたカメレオンだ』って言われたんだ」 「カメレオン…ですか?」 マサムネは、自分が雪男に言われた言葉を思い出した。 ワタナベは、マサムネとは全く違い、学校内に全く敵がいない。いつでも笑顔で、 全校生徒のほとんどがワタナベを慕っている、と言っても過言ではないだろう。 そんな人のに、自分と似たような比喩をされたなんて、と、マサムネは少し奇妙な 感覚を覚えた。 ワタナベは、そんなマサムネに気づかず、手の中の缶を見たまま言葉を続ける。 「周りの色にあわせすぎて、自分の色が分からなくなったカメレオンみたいだ、  ってさ。……ひどいだろ」 「いや、そんなの…あわせられないカメレオンよりかは、マシじゃないかと思うん  ですけど」 「…まわりの色にあわせられなくても、俺はいいと思うよ。お前を好きになるヤツは、  お前自身の色を好きになってくれるだろ」 ワタナベは、迷った末にその缶を机の上に置いて、マサムネを見つめた。 マサムネも、どうしていいか分からないが、ワタナベから目がそらせずに、見つめあって しまう。 「…俺、それ言われてから、ちょっと色々と考え込んじゃってさ…」 ワタナベは、もう一度マサムネはいいな、とつぶやくと、マサムネの首にいきなり右手 を伸ばしてきた。ひやっとした感覚に、マサムネは首をすくめる。 「ワタナベ先輩…」 何かを言おうと思うが、うまく言葉が出てこなくて言葉につまる。 ワタナベは、首からゆっくりとマサムネの輪郭をたどるように、あごに手を持ってきた。 抵抗しなきゃ、と思うのだが、ワタナベの目が今まで見たこともないぐらいに本気で、 まるで金縛りにあったかのように動けない。 「せんぱ…」い、という言葉は、ワタナベの指に止められた。 左手で、持っていた缶を取り上げられ、ワタナベがイスから立ち上がり、そしてイス に座ったまま動けないマサムネに、だんだんワタナベの顔が近づいてきた。 酒のにおいがふっと鼻をくすぐったと思ったら、酔って体温があがっている唇が、 マサムネの唇に優しくおりてきた。そして、同じく暖かい舌が入り込んでくる。 自分の舌も、ワタナベとあまり変わらない熱をもっている。「酔っているのかな」と マサムネは、どこかしびれた頭で考えていた。 「…抵抗しないんだな。もっとするかと思った」 マサムネから唇を離し、至近距離でそうワタナベが囁いた。 「俺は…先輩が思っているような人間じゃないですよ…」 マサムネの言葉に、ふっとワタナベが笑い、俺もだ、とつぶやいた。 そして、マサムネの唇にもう一回、今度は一瞬だけ触れるだけのキスをすると、マサ ムネから体を離して、自分の席に戻った。 そして、ゲラゲラと笑い出した。 「…俺達って、非モテだよな」 自嘲気味のセリフに、マサムネも少し笑った。 「…上手なカメレオンじゃなくても、いいことありますよ。先輩の好きな人だって、  そんな先輩が好きなんだと思いますし」 マサムネのつぶやきに、ワタナベはさらに笑って、また新しい缶を開けた。 夜遅く帰ってきた雪男は、酒があまり好きじゃないマサムネが、制服のままベッドに 入って眠りこけているのを見て、何があったんだろう、と悩むのは、それからもっと 後の話である。
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