I love escalater.


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「そんなに怒ることはないと思うんだけど?」 僕が恐る恐るそう言ったのに、原宿はふりむきもしなかった。 エスカレーターの一段上で、むっつりと黙り込んでいる。 僕は、ためいきを一つついた。 原宿が怒っているのは、僕が携帯にかかってきた電話で、話し込んでしまったからだ。 「久しぶりに二人っきりで遊びに来たのに、竹田は目の前の俺より携帯の方が  大事なんだな」 僕が携帯を切った後、原宿はそう言って、ムッツリ黙り込んでしまった。 本気で困った。僕は、人を怒らせるのは得意だが、怒りを静めるのは得意じゃない。 向こうが怒るのに飽きるまで、ずっと黙っているしかできないのだ。 普段なら、迷わずそうするんだけれど、今日はそうもいかなかった。 このエスカレーターを使って屋上まで行くと、今日二人で乗るはずの観覧車がある のだ。デパートの屋上の、チャチな観覧車だけれど、それでも15分は二人で乗っ ていないといけない。この空気のままだと、居心地が悪いのは目に見えている。 何とかして、原宿の怒りをとかなきゃいけない。 2階についたので、180度反転して、3階に続くエスカレーターに乗った。 「あの…原宿、悪かったよ。確かに、ちょっと考えなしに話し込んだ」 原宿は、俺の弁解に何も答えない。 「中学の時の同級生だったんだ。同窓会があるんだよ、今度。それで、俺に幹事  を押し付けようとするからさ。それを断るのについ必死になっちゃって」 「…別に俺に関係ないし。話したいなら、話してりゃいいじゃん」 原宿は、ボソリと不機嫌にそう言った。 声がいつもより低い。僕は少しくじけそうになった。 「ねぇ…機嫌直してよ。何でもするからさ」 「別に怒ってない」 3階についたので、また180度反転して、4階に続くエスカレーターに乗る。 「怒ってないならさ。こっち向いてもいいじゃん」 「向きたくない」 原宿は、すっかりへそを曲げているらしかった。 「かわいくないな。男なのに、携帯の相手に嫉妬してどうするんだ」 「別に嫉妬なんてしてない」 少し声を大きくすると、原宿もそれにあわせて声を大きくした。 平日の昼といえども、デパートにはそれなりに人がいる。交差する下りのエスカ レーターの人と、目があってしまった。 僕は、だまりこんだ。 4階についたので、180度反転して、5階に続くエスカレーターに乗った。 原宿は相変わらず、僕の1段上にいる。そして、こっちをふりむかない。 僕は、原宿のコートをつかんだ。 「ねぇ、原宿君。機嫌直してよ」 原宿は相変わらず、何も言わない。 「今度から、食事中に携帯電話とらないよ」 「おわびに、今夜、夕食おごるよ」 「夜、サービスするよ?」 「分かった。原宿の言うこと、何でも聞いちゃう」 何を言っても、原宿は何も言わなかった。 5階についたので、180度反転して、6階に続くエスカレーターに乗った。 僕は疲れてきた。むしろ、何でコイツにこんなに気を使っているのか、分からなく なった。 「…もういい。観覧車乗るの、やめようよ。こんなので乗っても、楽しくないだろ?」 「逆切れかよ」 原宿は、僕の手からコートのすそを取り戻した。そして、もう1段上に行く。 僕は2段駆け上がって、原宿の隣に立った。 「じゃぁ、機嫌直してよ。嫌だよ? 僕は不機嫌な人と観覧車に乗るのは」 原宿は、無言でもう1段上に行く。 僕はその隣に立つ。原宿は逃げるように、駆け上がりだしたので、僕はそれを むきになって追った。 結局走るように6階について、7階へのエスカレーターに飛び乗った。 原宿は、僕の1段上のままだ。 「…もうすぐ屋上だけど」 ちょっと疲れを覚えながら、僕は原宿の背中に呼びかけた。 「僕が悪かったから、仲直りしようよ」 原宿は、振り向かなかった。 もうここまでヘソを曲げたのなら、しょうがない。僕もあきらめよう。 その時に、タイミング悪く携帯電話が震え出した。見ると、着信だ。 「…鳴ってるぞ。出れば?」 原宿が、低い声で僕に教える。言われなくても分かっているんだ。 「…もしもし、竹田ですけど」 僕は、原宿に対する腹いせで、電話に出てやった。 電話は、宮本からだ。どうやら麻雀のメンツが足りないらしい。 僕はそれを断りながら、ふと思いついた。 7階についたので、宮本と喋りながら、屋上へ続くエスカレーターに乗る。 原宿は、もうこちらを見ようともせずに、1段上へ行く。 僕は、エスカレーターに乗ると進行方向とは逆に向き、原宿の背中にもたれかかっ た。そして、何事もないかのように、宮本と話した。 ふれあった背中から、お互いのぬくもりが伝わってきた。 僕の後頭部には、ゴツゴツした原宿の背骨が当たっている。 一通り話が終わって、僕はピッと携帯の電源を切った。 そして反対側を向き、原宿の背中に頬を当てた。 直に背骨と体温が僕の頬に当たる。 「…許してよ、原宿。もうしないからさ」 原宿は、やっと僕の方をふりむいた。 「…もうすぐ屋上だから、離れろよ」 原宿は、僕から離れると、一段降りてきて僕の隣に立った。 僕は、原宿の顔が少し赤いのを、見逃さなかった。 そして僕達は屋上に着いて、一緒にエスカレーターを降りた。
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