願わくば…
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夜の空気の中、桜の木の下を、一心不乱に掘っている僕。 スコップも何も使わず、両手を土だらけにして、何かをさがしている。 舞い落ちる桜の花びらも、僕の目には映らず、ただ黒い地面だけが続く。 しめった土をかきだし、茶色い根っこをひきちぎり、箱を見つけて…。 そして箱を開ける瞬間に、僕は目を覚ますのだ。 「いいかげんにしろよ…」 誰に言うでもなく、ベッドの上で僕はつぶやいた。汗をかいているのが分かる。 ここ数年間、春はいつもこうなのだ。 桜の下をほりかえして、箱を開けようとする夢ばかり見る。 別に、何の害もない夢といえばそれだけなのだが、何度も何度も見ると、どう しても気になってしまう。それが春が過ぎ去るまで毎日となると、なおさらだ。 おかげで、春はよく眠れない。 僕がためいきを一つつくと、バサッと床から音がした。 そういえば、今日は友達を家に泊めたんだった。失敗した。起こしてしまった らしい。「ごめん、寝ててくれ」と僕が口にする前に、彼は起き上がった。 「…ずいぶん早い目覚めだな」 マサムネは、闇の中手探りでメガネをさがすと、かけた。 そして、僕に目をやる。 「何事なんだ?」 「いや、ただ夢見て起きただけだよ。気にしないで、寝ててくれ」 僕がそう言うと、マサムネはふん、と面白くなさそうな顔をした。 「夜中に起こされたんだ。どんな夢か、ぐらい説明しろ」 なぜこいつは、いつも命令口調なんだろう。 「いや、…別に面白いような夢じゃなくて…」 「どうせ眠れないんだろ? 話せ」 マサムネは、勝手に決めつけて、部屋の電気までつけてしまった。 まだ午前2時だ。丑三つ時だ。なのに、何でこいつは僕が眠れないと決め付けるん だろう。 「いや、その…」 言いよどむ僕に、マサムネは一言言い捨てた。 「面白くないかどうかは、私が決めることだ。話せ」 僕は観念した。 マサムネは、話を聴き終わると、眉をひそめて鼻を鳴らした。 「桜の木の下に、箱? 梶井基次郎か?」 『桜の木の下には死体が埋まっている』という有名な作家の言葉を出されるのは、 予想される答えだっただけに、僕はためいきをつく。 「そんな死体が入るほど、大きな箱じゃないんだ。抱えて運べるぐらいの大きさ  だよ。骨壷かもしれないけど、そんな立派な箱じゃなくて、安っぽい白い紙の  箱だし、ずっしり重いし…」 「箱の中身は分かるのか?」 「いや、分からないけど…」 僕は、説明しづらくて、しばらく黙った。 マサムネは、僕が話し出すのを待っている。 「…でも、真夜中に、素手でほりかえさなきゃいけないのは、箱が大切なものっ  ていうことだと思うんだ…」 「…じゃぁ、何なんだ」 「それが分からないんだよ。多分、あの箱は僕の中の大事なものが埋まっていると  思うんだけれど…。……いいよ、笑っても。乙女チックだろ」 「面白くなければ、笑えない」 マサムネは、しばらく考え込んだ後、僕の顔をじっと見た。 「何?」 「…掘るか」 「今から桜の木の下を? 冗談だろ」 「どうせもう一度寝ても、お前は夢を見て起きるだろ。二度も起こされては  たまらないだろ。さ、行くぞ。スコップ用意しろよ」 マサムネは、僕の意思はそっちのけで、さっさと準備をはじめだした。 何てやつだ。 高校から一緒で、もう5年程度のつきあいになるが、まだこの男の思考回路はつか めない。いつもそうなのだ。何もかも、自分なりの決着をつけないと、気がすまな いのだ、この男は。明日、大学サークルの仕事で、朝早くに集まらないといけない から、僕の部屋に泊まったことを忘れているのではないだろうか。 「何をボーっとしている。早く準備しないか」 まだパジャマの僕に、マサムネは当たり前のことのように、そう言い放った。 春といえども、夜はまだ少し肌寒い。 「満開の桜だな」 マサムネは、僕のマンションの近くの公園へ行くと、適当に手近な桜の下を掘り はじめた。 「待てよ。もしかして、この公園にある桜、全部掘り返す気なのか?」 僕は、少しびびりながらマサムネに聞く。 「何をバカなことを言っているんだ。とりあえず一本掘ってみたら、お前が何を  箱にいれたか、思い出せるかもしれないだろ。ほら、早く思い出せ」 無茶だ。この男は、無茶なことを言っている。 僕は少しあきれながら、ボソボソとつぶやいた。 「夢の中の桜は、こんな小さな桜じゃないよ…」 「じゃぁどれぐらいだ?」 「…幹が1メートル以上はあるかな…」 マサムネは公園をぐるっと見回し、一番大きそうな桜の木の下に移動した。 「これで我慢しろ」 無茶苦茶言っている。 僕は、しょうがなくマサムネを手伝った。 高校時代からいつもそうなのだ。僕は、マサムネの強引さにいつもひきずられる。 暴走したマサムネに迷惑をかけられるのは、いつも僕だ。 マサムネがスコップで木の下を掘り返すので、僕はその横で夢どおり、手で掘り 返すことにした。 土のしめりぐあいが、夢と重なる。 せっかくだから、考えてみよう。 僕は、あの箱をなぜさがしているんだろう。 誰かに言われてじゃない。多分、自分の意思で、だ。 なぜ? なぜ、あの箱を桜の木の下に埋めたんだろう。 「そういえば…」 ざくざくと、スコップで土を掘るマサムネが、つぶやいた。 「何?」 「夢判断というのがあるだろう」 僕は、手の土を払い落とし、立ち上がる。 マサムネは、手を止めて、僕の方を向いた。 「何かの本で読んだが、夢で何かをさがす、という行為をする人間は、何かやま  しいことを隠している現われらしいぞ」 「やましいこと…?」 「しかもな」 「何?」 「夢の中で、何かをさがして地面を掘り起こす人間はな」 マサムネは、そこで言葉を止めた。 「何だよ。もったいぶるなよ」 「地面を掘り起こす人間は、好きな相手への性欲を隠しているんだ」 マサムネは、得意そうに僕の顔を見た。 「まぁ俺は夢判断なんてものはあまり信じないけれど、その夢判断を元にしたら、  なぜ春にだけ同じ夢を見るのか、説明もつくな」 「…何?」 「春は、発情期だから」 …バカげている。人間に発情期なんて、ない。 「『きれいな桜の下で、何か大事なものが入った箱を、手を泥だらけにして掘る夢』  なんて、けっこう詩的だけれど、夢判断に言わせると、お前は心の中で誰かに  発情してるっていうことになるな」 強い風が吹いて、桜がザワザワと鳴り出した。 何かを言おうと思うが言葉が出ない僕に、マサムネは僕の核心をついたと思った らしい。 「好きな相手は、そんなにきれいなのか? 汚すのが嫌なぐらいに」 いきいきとした顔で、僕にそう聞いてきた。 否定しなければ、大変なことになる。僕はそれが分かっていた。 「道具も使わずに、自分の手を汚して掘り出した箱、お前はどうしたいんだ?」 「ば、バカ言うなよ…」 かろうじて出た言葉は、下手に沈黙した後だっただけに、マサムネの指摘を肯定 する役割しか、もたなかった。僕は、ごまかすためにしゃがんで、地面をまた 掘りはじめた。 先ほど舞い落ちた花びらが、地面をいろどっている。 マサムネの視線を痛いほど感じた。アイツは、何か僕が返答するのを待っている。 爪の間に石が入ったらしく、違和感があるけれど、僕は掘る手が止められない。 顔もあげられない。マサムネの顔が見られない。でも、地面をいくら掘っても箱が 出てこないことを、僕は知っている。 僕は、夢の箱の中身が、分かってしまったのだ。 泥だらけの白い箱に、いつも自分に潔癖に生きるマサムネの首が入っていることを 知ってしまったのだ。 しばらく黙っていたマサムネが口を開く気配がして、僕は思わずマサムネを見上げ てしまった。マサムネの頭の向こうに、ポッカリと暗い穴のように、月が浮かんで いるのが見えた。
−終−

 注:作中の夢判断は、でたらめです。
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