憂鬱なのは雨が降っているからだ。 決してそれ以外の理由なんかない。 新しいゲームを夢中になってやりこんでいるうちに日付が変わってしまった。 もう寝ないと今日の体育の授業が辛いことになるな、なんて考えながらしぶしぶ パソコンの電源を落とした。ふと窓の外を見ると雨が降っている。 雨は嫌いだ。あの音を聞くだけで陰鬱な気分になる。 もう一度外を見ると、すぐそこに誰かがいるのが見えた。 ブルーのチェックの傘。マサムネだ。 近所のコンビニにでも行った帰りなんだろう。 マサムネは誰かと一緒だった。傘に隠れて顔は解らないけれど、大柄な男だ。 何か話している。マサムネは少し怒ったような顔でなにか言っているけれど声 までは聞こえない。 友達と話している様子には見えなかった。 マサムネには敵が多い。きっとそのうちのしつこい誰かが因縁でも付けに来たん だろう。僕が助けに入るまでもない。 だけど気になって、目が離せなかった。 どうしてもその男に見覚えがあるような気がして。 マサムネはその男と長い間話していた。そのうち交渉が決裂したのだろう、 マサムネがその場から立ち去ろうとするのを、その男の腕が引き留めた。 ふたつの傘がゆっくりと、スローモーションのように地面に落ちる。 男の腕が、マサムネの細い体を抱きしめる。そして長い間、二人の影は雨に打たれた まま動かなかった。 僕はその夜は眠れなかった。 朝、隣の家の門を叩くと、扉からマサムネが不機嫌そうな顔を出した。 「おはよ、マサムネ」 「ユキ……なんだ、朝っぱらから」 声が少しかすれている。 「一緒に学校行こうと思ってさ」 マサムネは少し不審な目で僕を見た。 「仲良くお手手つないで登校って年でもあるまい」 「そう?たまにはいいと思うけど」 僕がそう言うと、マサムネは諦めたようにため息をついた。 「……少し待っていろ」 言葉通り少し待っていると、マサムネがカバンを持って出てきた。 僕たちは並んで学校までの短い道を歩き出す。いつもより早い時間のせいか人通り は少なかった。 「なんか顔が赤いね、熱でもある?」 「……少し風邪気味なだけだ、心配するな」 「……昨日から雨降ってるからね」 僕は意地の悪い気分になっていた。 深夜の雨に打たれたらそりゃ風邪も引くだろう。 どうしてあのとき、すぐに振り払って帰ってこなかったの。 あの人に抱きしめられて、どんな気分だった? あんな人、大嫌いだって言ってたよね。 そんな台詞が口元からこぼれそうになる。 「……ナミさんさ」 僕がそう言うと、マサムネは足を止めた。 「最近おとなしいよね、マサムネは何か話した?」 「……朝からあんな下司野郎の話はするな、ユキ」 その下司野郎と抱き合ってたくせに。 「そんな悪い人でもないと思うけど」 「あれだけ頭が悪いのは犯罪だ」 ……でも、本当は好きなんじゃないの。 そう言いたいのを我慢した。 「その傘さ、使ってくれてるんだ」 マサムネは話題が逸れたことにほっとしたような顔をした。 「ああ、使わせてもらってる」 「大切にしてよ、結構高かったんだ」 「ああ」 これは僕がマサムネにプレゼントした傘だった。 「……もう地面に落としたりしないようにね」 マサムネは僕の顔を見た。 僕はにっこりと笑って見せた。 負けるもんか。
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