キャンディ
 原宿は、放課後の校舎を、ただひたすら走っていた。  昼休みに賭けトランプをやって、紙幣はもちろん、小銭までとられたのである。  このままだと、数ヶ月前から楽しみにしていた、今日発売の娘。写真集が買え  ない。大ピンチである。  賭け仲間に土下座までしたが、金を返してもらえなかったので、原宿は必死で  走っていた。頼みになるのが、この前金を貸した、宮本だけなのだ。  ―――まだ教室に残っていてくれ、頼む!  「宮本! この前貸した金、返してくれ!」  宮本は、誰もいない教室で一人、静かに本を読んでいた。  原宿は、救世主がまだいたことを神に感謝しながら、宮本の席の前までずかずか  と歩いていくと、机にすがった。   「金返してくれー! 俺の命の瀬戸際なんだー!」  「…いいけど。何事なんだ…?」  原宿は、テンションの高いまま、身振り手振り交えつつ、賭けトランプで大敗した  ことと、今日がモーニング娘。の写真集発売日であることを、簡単に説明した。  はじめは一生懸命理解しようとしていた宮本も、話を聞いているうちに、だんだん  顔がバカにした表情に変わっていく。原宿はそれが分かっていたが、あえて最後  まで説明した。自分の娘。に対する愛は、誰よりも深い自信があったのだ。  「モーニング娘。写真集ぐらい、明日買えよ」  「やだ! お前が今俺に金を返してくれたら、買いにいけるんだよー!」  「……」  宮本は、机にとりすがって懇願する原宿に、やれやれ、とためいきをつく。  そして、机の横にかけてあったカバンから、財布をとりだした。  「いくらだっけ?」  「5千円!」  宮本が財布から5千円をぬきとると、原宿はそれをむしりとるようにして奪った。  本当に必死らしい。  「ありがとう! 宮本! それじゃぁ!」  「…待てよ。俺も本屋へ行く用事があったんだ。どうせ、そのまま寮に戻るだろ?   一緒に帰ろう」  そのまま走り去ろうとした原宿の腕をつかんで、宮本は、ニヤリと笑った。  一刻も早く買いに行きたかった原宿は、宮本の笑みの意味がわからず、とりあえず  うなずく。  宮本は、カバンからキャンディを一つだした。  「これ、やるよ」  「? …あ、ありがと」  原宿がそれを何の疑問も覚えずに口にいれると、宮本はさらに笑みを深くした。  本屋は、寮への帰り道にポツンと一つある。  遠回りすれば、もう少し大きな本屋があるのだが、原宿は最短ルートで帰って  写真集を見たかったので、帰り道にある方を選んだ。  雨が降っているせいか、小さなその本屋には、原宿と宮本以外2・3人しか客が  いなかった。いつもは、立ち読み目当ての学生でにぎわっているのだ。  「あった! あったよ、宮本!」  入り口で平積みされていた写真集を手にとり、原宿は宮本に報告する。  宮本は、フンッと鼻で笑い、そして、その写真集を原宿から取り上げた。  「もうあと5分待ってくれよ。見たい本があるんだ」  「……いいけど」  本当は1分でも早く帰りたかったが、宮本がそう頼むのなら仕方がない。  原宿は、宮本の後をついて、ウロウロと一緒に狭い店内をめぐった。  マンガの新刊も、小説の新刊も、特にこれといって宮本の興味はひかなかった  みたいだ。3分ぐらいたったあたりで、ふと、原宿は、腰のあたりがムズムズ  するのを感じた。  「…どうかしたか? 原宿」  「い、いや…別に…」  はじめは、別に気にするほどのことでもなかったが、しばらくすると、今度は  だんだん顔が熱くなってきた。何だろう。風邪だろうか。それにしては、腰の  あたりに違和感がある。  「もう今日はいいや。ほら、写真集買って帰ろうか」  宮本が、原宿の肩をつかんだ。その瞬間、静電気のような電気が体を走って、  「やっ」と変な声が出た。原宿は、口を抑える。  宮本は、それを楽しそうに見て、「変なヤツだな。ほら、買ってこいよ」と  うながした。  原宿も、早く帰りたかった。何か変だ。足が、ふわふわする。地に足がついて  いないみたいだ。  「さっさと歩けって」  「…う…うん…ちょっと具合が悪くなってきて…」  カタカタと体が震えだして、本当にやばい、と原宿は思った。  宮本は、そんな原宿を見て、なぜか満足そうだ。  原宿の代わりに、カウンターへ向かって会計を済ませると、原宿の肩を抱いて  店を出た。  「ほら、写真集だぞ。ちゃんと持てよ」  「…う…うん……」  熱にうかされるように、頭がボーっとしている。  宮本に肩を抱かれているのだが、その触れられている部分が熱くてたまらない。  「み…宮本…」  どうしたいのか分からないまま、宮本の名前を呼ぶと、グッと肩を抱く手に力が  入った。「ひっ」とのどの奥から変な声が出る。  「しっかり歩けよ」  「うん……」  結局、寮につくまで、いつもの3倍の時間がかかった。  あれだけ欲しかった写真集も、何度も道に落としてしまったし、まっすぐ歩けない。  体中の間接が、グニャグニャになったかのようだ。  ロビーあたりで、上級生の誰かが「原宿、どうしたんだ?」と近寄ってきたが、  それが誰だか確認することもできなかった。宮本が、横で「具合が悪いみたいで。  部屋で休ませておきます」とそつなく答えていた気もするが、記憶が曖昧だ。  そんなことより、体が熱くてしょうがないのである。  「…具合はどうだ? 原宿」  こんな時、寮の部屋が二人部屋で、…宮本と同室で良かった、と原宿は思う。  風邪の時、一人だったら寂しいし、面倒見のいい宮本なら優しく看病してくれる  に違いない。  ベッドに寝かせられたが、体がどうしようもなく熱くて、体全体が心臓みたいに  脈打っていて、落ち着かないので、原宿は宮本に訴えた。  「……体が…熱いんだけど……」  「どんな感じに?」  「分からない…こう…腹と頭の二箇所に…熱が集まってくるみたい……」  「腹? もうちょっと下じゃない?」  「下…?」  「あのキャンディ、本当に効くみたいだな…」  宮本が、ふいに原宿の学ランを脱がせ始めた。  その指の動きに、原宿はうめきをあげる。  この感触は、…そう。しびれた足を触られた感触だ。びりびりして、気持ち悪い。  指から逃げようと暴れるが、体に今ひとつ力が入らないので、簡単に宮本に押さえ  こまれてしまった。  「や…だ……やめて…宮本……! 何かおかしい……」  学ランを脱がせ、ズボンを足からぬきとり、Yシャツと下着と靴下のみの姿  に原宿をして、やっと、宮本は離れた。  「体が熱いだろ?」  「…? …う、うん」  「普段よりも、体が敏感で」  「…うん」  「下半身に熱が集まったみたいじゃない?」  「うん……宮本?!」  原宿は、そこでやっと気づいた。この状態は、よく読むエロ本とかと同じ状態  ではないか。クスリを使われて、「あーん、もうダメー」とかと女が泣く、あの  状態と。すると、俺にクスリを使ったのは……宮本?  「何で…」  「さっきあげたキャンディ、801女学院の人にもらったんだよね。『これ、   媚薬入りのキャンディです。何かに使ってください!』って。もらってどう   しようかと思ったけれど、案外役にたつもんだ」  「何で俺に…」  「いや、興味がね」  宮本は、そばにあったタオルで原宿の手を縛り、おもむろにYシャツのボタンを  一つ一つはずしていった。空気がひんやりと原宿の肌をなで、その感触が、また  原宿の鼓動を大きくさせる。  「や…やだ……おかしくなる…!」  「大丈夫だって。原宿」  耳に直接息をふきかけるように囁かれ、耳たぶを噛まれると、女のような嬌声を  あげてしまった。下着に手を突っ込まれ、完全に勃ち上がった原宿自身を握られ  た瞬間、恥ずかしさと快感に、原宿は目の前がホワイトアウトするのを感じた。  そのまま、目を開けるのが嫌になった。枕もとのティッシュをとる音がすると  いうことは、握られただけで、自分はいってしまったのだ。宮本の手を汚した。  男に握られて、いってしまった。しかも、まだ下半身の熱はおさまらない。  「…や…」  「嫌じゃないだろ? まだ元気だし」  からかうように指ではじかれ、原宿は恥ずかしさで気を失いそうだった。  「変態……」  「愛してるよ、原宿君」  耳元で囁かれ、首筋にキスをされ、原宿はそこからもう、何も抵抗することができ  なくなってしまった。  行為が全て終わり、クスリのききめが切れた頃、シングルベッドに、男二人で  寝るのはきつい、と、宮本は反対側の壁際にある、自分のベッドに戻っていった。  自分勝手な男だ。  夜明け前で、空がだんだん白みはじめている。  「明日になったら、宮本、殴る……」  「でもかなり燃えてたよね」  「……信じられねぇ…、男相手に……」  「さんざん声あげてたけどね。明日、俺は隣の部屋の松本達と顔をあわせるのが   怖いよ。どうする? 原宿」  「…お前が悪いんだろ…。俺は知らないから…」  「でも良かったろ?」  「……」  「はじめてだからキツイかなー、と思えば、そうでもなかったし」  「………」  「やっぱり、愛がなせる技かな」  「…………死ね」  「まぁ順序が逆になったけど、愛してるよ、原宿」  宮本の言葉に、原宿は答えることができなかった。  他の男に同じことをされたら、多分ルームメイトを変えてもらった上に、一生  顔も見たくなかっただろう。ってゆっか、自殺していたかもしれない。  「…死ね」  自分の思考のおかしさと、照れ隠しに、原宿は悪態をついて、布団をかぶった。  とりあえず目が覚めた時、宮本が何を言うかで、これからのことを考えよう。  返事はそれからでも遅くない。  娘。の写真集の存在を思い出したのは、それから3日後のことだった。
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