I want to XXXX.
「申し訳無い」 それは、突然にやってきた。 古い形容で申し訳無いが、松田聖子風に言うと、「ビビビときた」、というやつだ。 学校帰りの本屋、いつも買う漫画雑誌を手に取ろうとした時。 俺の手に、白くて細い手がぶつかった。 そして、一言「申し訳無い」。 俺は恋に落ちた。 「よっ。何ボーっとしてんだ、岩倉」 パコン、と軽い音が、後頭部に響いた。 ふりむくと、小柄な男が、得意そうに立っている。 「あぁ、原宿か・・・」 「? どうしたんだよ。食欲無いのか?」 「お前の短絡さには、あきれる」 原宿は、俺の前にまわりこんで、そこにあったイスに座った。 そして、俺がひじをついている机に、べたっ、と上半身をあずけた。 おかげで、俺は自分の机なのに、自分がひじをつくスペースを原宿にとられて しまった。 「腹でも壊したのか?」 「俺の元気と食欲をイコールでつなぐのは、よせ」 俺は、ひざの上に置いた漫画雑誌を見て、もう一度ためいきをついた。 「なんだよー。俺にも話せよー。どうしたんだよ」 原宿は、いつもの会話に乗ってこない俺に、じれたらしい。 下から俺を見上げながら、口をとがらしてブーブー言っている。 「…笑わないか」 「笑わない。約束する」 「絶対か」 「絶対」 「………こ」 「こ?」 「恋したんだ」 原宿は、きょとんとした顔をした。次に、口をぐい、とひんまげた。 そして、しばらく机に顔をふせた。肩が震えている。 「…原宿、我慢しなくていいぞ」 「ぶはははははははっ!!!! 誰にっ! 誰にっ!!??」 原宿は、がばっと起きあがると、笑いすぎて涙ぐんだひとみで、俺の肩を つかみ、大声でそう叫んだ。がくがく揺さぶられて、俺はどんどんテンションが 下がっていくのを感じる。 「憎しみで人が殺せたら…」 「いいから、教えろよデブ」 「嘲笑の次は、罵声か」 原宿は、俺の肩をつかんだまま、前後から横に揺すりだした。 「岩倉、相手はだれー?」 「名前も知らない。本屋で会っただけだから」 「どんなの?」 やっと笑いがおさまったらしく、今度はくりくりと興味深そうに俺を見つめている。 「白くて細い。メガネをかけていた」 「どこの学生だよ。801女学院とか言うなよ?」 「・・・いや・・・」 「何だよ。教えろよ」 「うちの学生だ」 原宿は、しばらく視線をめぐらせた後、俺の肩をつかむ手をはずした。 「・・・男か」 「男だ」 原宿は、俺の肩を二度叩いて、ふっと笑った。 「ホモ」 「他に言う言葉はないのか」 「応援してやるよ。先輩? 後輩?」 「3年のバッヂつけてたから、3年生だと思うよ」 「なら、宮本が何人か親しい人いるから、そこからいこうぜー。  目指せ両思いだ」 「お前、面白がってるだろ。心底、俺のためじゃなくて、自分の楽しみの為に動いて  いるだろ」 「細かいことは気にするな」 俺は、原宿に話したことを後悔した。 次の日、言葉通り、原宿は宮本をつれてきた。 「色白でメガネ…。背は中くらいか。そんなヤツ、くさるほどいるぞ、岩倉」 「岩倉の表現力の無さには、驚く限り」 「だまれ原宿」 結局決め手は、今の3年生の集合写真だった。 何百人の中から、見つけたのだ。無表情で、冷たく写真に写るその人を。 名前は、「マサムネ」というらしい。 「マサムネ先輩なら、俺、話したことあるよ。っつーか、知り合いだし」 宮本は、ちょっと意外そうに、そう言った。 「有名人なのに、マサムネ先輩を今まで知らなかった、というのがすごいな」 「いや、あんまりそういう話題には興味なかったし」 宮本の話によると、マサムネ先輩は、たくさんの生徒に人気のある、倍率高い先輩 だったらしい。全く知らなかった。 「この前マサムネ先輩と話していた時、岩倉の名前、出てたぞ」 「マジで?!」 「うん。お昼の放送のDJには、一度会ってみたいって」 俺は、今はもう飽きて幽霊部員同然だが、前は頻繁にやっていた、校内放送のDJを やっていたことを、これほど嬉しく思ったことはなかった。 「しょ、紹介しろ、宮本」 「うわ、デブ興奮してる」 原宿が、とんとん拍子ですすむ俺の話に、少し不満を覚えたらしく、横からちょっかい をかけてきたが、俺は気にしなかった。 まさか、こんなにうまくいくとは。 「マサムネ先輩なら、よく図書館にいるから、さがしてみたら?」 宮本に教えてもらって、俺はさっそく、図書館へと行ってみた。 テキスト学園の図書館は5階建てで、色々な本が並べられている。 1階や2階の、文庫や新刊が置いてあるフロアには、初等部から大学生まで、 生徒があふれかえっているのだが、3階から上になると、専門書コーナーになる ため、レポートに追われた大学生か、大学の教授らしき人しかいなくなっていた。 4階奥の、「資料室」と呼ばれるところ。 そこに、マサムネ先輩はいた。 普段あまり人が入らないそこは、入ると少しほこりくさく、自分が並べられている 本と同じく、セピア色に染まる気分になる。 ゆっくり、なるべく音をたてないように進むと、奥の席に一人、マサムネ先輩が 腰掛けていた。 本屋で会った時と同じ、禁欲的ともいえるほどの人をよせつけない綺麗さで。 「…こ、こんにちは!」 少々緊張しながら声をかけると、本に没頭していたらしい頭が、ゆっくりともち あがる。そして、いぶかしげに俺をにらんだ。 「…?」 「あの、宮本の友人の、岩倉と言います。その、先日は本屋で」 「…岩倉…あぁ、あのお昼のDJの」 神経質そうにメガネを押し上げ、マサムネ先輩がそう言った。少し緊張がほぐれた 気がする。俺は、勇気を出して一歩踏み出した。 「お向い、座っていいですか」 「あぁ、どうぞ。俺の椅子じゃないし」 なるべく音をたてないように、静かに椅子をひき、腰掛ける。 本屋で一瞬見ただけの人が、今目の前にいた。 「何か用か?」 「いや、その、この雑誌を…」 俺は、カバンから、本屋でゆずってもらった雑誌を取り出した。 「もう入荷しない、って本屋のおじさんが言っていたんで、その…。俺、もう  読んだんで、よろしければ…!」 「この本…そうか、そういえば、本屋で取り合いしたっけ」 取り合いというほどのものでもなかったけれど、という言葉を口にのぼらせようと したけれど、フッと笑ったその顔に、何もいえなくなってしまった。 心臓が痛いほど脈打っている。 「ありがとう。借りる」 「い、いえいえ。ボ、僕も、よくこの図書館来ますんで、いつでも! 返して  くださいっ!」 「一度、DJの岩倉とは会ってみたかったんだ。俺、好きなんだよ。昼の放送。  まさかそっちから来るとは思ってもみなかったな。もうやめたの? 放送は」 「いや、そういうわけでは・・・」 実は、今はもう放送自体に飽きて、放送部に顔を出していない状態だ。 しかし、俺は、また部に復帰しよう、と心に決めた。 マサムネ先輩は、借りた本をペラペラとめくっていた。そして、「この連載は 面白くない」「この連載が好きだ」という言葉を、ぽつぽつと口にした。 「俺もですっ」と答えつつ、俺は、どうしようもなく舞い上がる。 これは趣味が似ている、というのではないだろうか。 だんだん、マサムネ先輩の興味が、本の方に集中してきたので、俺はそろそろ おいとましようか、と席を立ち上がろうとした。 「じゃぁ俺は、また今度・・・」 その時、グーというまぬけな音が響いた。 「…おなかすいてるのか?」 「いや、まぁそれはその」 「待て」 ポケットをごそごそして、マサムネ先輩が、手のひらに、カラフルな包み紙で 包まれた物体を出した。 「さっき昼に食べようと思ってたんだ。一つやるよ。寮に帰るぐらいまでは、  もつだろう?」 「あ、ありがとうございます。先輩も甘いもの好きなんですか」 「あぁ。パフェとか食べる」 今度行きましょう、と言う勇気はなく、俺はマサムネ先輩のアメを一つもらった。 俺も腹が減ったな、と、マサムネ先輩が、アメを一つつまもうとする。 俺は、ドキドキするあまり、自分が持っていたアメのつつみがみをやぶって、 マサムネ先輩の口元に差し出した。 「こ、これを!」 「・・・?」 マサムネ先輩は、いきなり口元に差し出されたアメに、少し驚いた顔をする。 俺は、自分のやったことに、驚いた。 いきなり他人の目の前に、しかもいただいたばかりのアメを、差し出すなんて。 「いや、あのえっと・・・」 「ありがとう」 マサムネ先輩は、苦笑して、俺の手からアメを食べた。 怜悧な相貌が、軽く閉じられる。 冷たい唇が、ひとさし指の先に少し当たる。 ついばむような、感触がする。 とがったアゴが、白いノドが、嚥下するように動く。 「・・・イチゴだな」 マサムネ先輩の声に、俺は我にかえった。 「し、失礼しますっ!! ま、また今度っ!!」 ガタリと席を立って、俺はカバンをひっつかむと、逃げるようにその場を去った。 どうしよう。 どうしよう。 今夜は眠れないかもしれない。 次の日原宿が、「岩倉、俺にもアーン」とかいって、からかってきた。 どうやらこっそり見ていたらしい。信じられない性格の悪さだ。 しかも、昼休み、宮本が、さらに信じられないことを言ってきた。 「昨日言うの忘れてたけれど、マサムネ先輩、同じクラスの雪男先輩とつきあっ  てるって噂だぜ?」 うわー。 それからというものの、俺はマサムネ先輩に会っては、ドキドキさせられ、その後に 煩悶する、という生活を繰り返すはめになった。
ブラウザの「戻る」で戻ってください