ギブ・ミー・サム・モア
気分が悪い。 気分が悪いのは、さっきから聞こえてくる音のせいだ、というのは分かっている。 分かっているけれど、原因が分かったからといって、それが解消されるわけでもない。 むしろ、イライラ感が増すばかりだ。 ベッドに寝転んで、本を読んでいた俺は、その「原因」の方に顔を向けた。 「…うるさいんだけど」 音がやんだ。 俺と同じように、ベッドの上で、本を読んでいた竹田が、キョトンとこちらを見ている。 「…うるさいって、何が? 僕は喋ってないけど」 「食べる音がうるさい」 「食べる音って……チョコレート?」 竹田は、手に持っていたチョコレートを、不思議そうにながめた。 そして口にいれる。 またポリポリという音が部屋に響く。 「…うぅさい…?」 「食べながら喋るなよ」 竹田は、チョコレートを飲み込むと、こちらに顔を向けて、ニヤリと笑った。 「…もしかして、妬いてる?」 「何が」 竹田は、新しくチョコレートを一つつまむと、口にいれた。俺の目を見ながら。 そして、目を見たままで、ベッドの上に積まれているチョコレートの箱から、一つ取り 出し、包装紙をビリと破る。 「まだ食べるのかよ」 「だから、妬いてるんじゃないの?」 「だから、何で、俺が妬くっていう発想が出てくるんだよ」 竹田が封を開けたのは、板チョコだった。 色の濃い、茶色い板チョコ。 「…妬いてないなら、何でチョコレート食べる音を気にするの?」 「同室のヤツが、パリパリ言ってれば、気になるだろ」 「どうして? いつも、お菓子なんて食べてるじゃん。今日は気温、低くないから、  チョコレートがいつもより硬くなって、音が大きくなりました、なんてことも無いよ」 「……」 「バレンタインデーにチョコレートもらって、一人食べてる僕に妬いてるのなら、妬いてる  って言えばいいのに」 竹田は、だまりこんだ俺に、勝ち誇ったように笑い、パキリ、と板チョコをかじって、割った。 俺は、何だか負けた気がして、悔しくなり、竹田に背を向けた。 竹田が、クックッと笑いながら、チョコを食べる音が部屋に響く。 竹田が何も言わないので、沈黙が部屋におりた。 俺は、変な空気に耐え切れなくて、CDでも聴こうと思って、リモコンをさがした。 無い。どこに置いたっけ。 ごそごそとさがしていると、竹田が、立ち上がって、俺のベッドのすぐそばに来た気配がした。 「強情」 「だから、妬いてないっつってんだろ」 机の上に、CDのリモコンを見つけた。手を伸ばす。しかし、竹田に奪われた。 竹田が、手に、さっきの板チョコを持っているのを見る。 ベッドの上で、半分起き上がった俺と、俺を床に座った状態で見上げている竹田。 竹田は、CDのリモコンを床に置くと、チョコレートをパキリとかじって折った。 大きめのカケラ。 「おすそ分け」 床に膝立ちになった竹田の顔が、俺に迫る。手で止めようとすると、その手を、竹田が 押さえつける。俺は、竹田がくわえていた、その大きめのチョコを、口で受け取る羽目に なった。竹田が、また床に戻り、へらっと笑う。 「甘い?」 「…甘いよ」 パキパキと、俺が食べるチョコの音が、部屋に響く。 「…ね、原くん?」 「んだよ」 竹田は、床の上から不適な笑みを浮かべながら、こう言った。 「妬いたのはどっちに対して? チョコレートをもらった僕に対して? それとも、  僕にチョコレートをくれた、女の子に対して?」 「はぁ?!」 竹田をにらむと、笑顔で返された。 「ま、答えはまた今度、機会があれば、聞くよ」 竹田は、板チョコをパキリとかじって、また自分のベッドの上に戻った。 俺は、口の中のチョコレートを噛み砕きながら、ずっと竹田を見つめた。 …見つめて。 チョコレートを飲み込んで。 口を開いた。 「竹田」
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