Gratify
1. 独白 ―――『N』side――― 見事な夕陽だった。 この世のものとは思えないオレンジと、全てを包んでくれるような暖かな光。 地球上、全ての生きている者がこの光を見つめ、浴びていると思うと身が震え 上がる。光がカーテンのわずかな隙間から射し込んで自分の顔を照らすのは、 まるで神が降臨する姿を見よと促しているようにもとれる。 椅子から立ち上がりそれに反してカーテンを閉じる。差し込んだ光はかき消され、 暖かさも地に封じられた。 今は太陽さえ鬱陶しい。…俺の邪魔をするのは神でさえも許すことは出来ない。 闇に包まれた部屋は魔界。冷えた空気は確実な未来を示す道標…そしてベッドに 呻く愛しい人は捕らわれた天使。 それが、今の俺の全て。 俺がこの部屋に入ってから睨み付ける瞳の光は一向に衰えを見せない。 それどころか、蹂躙するたびにその光は増すばかりだ。 全く…身体の芯からゾクゾクさせてくれる。 お前は判っていない。その瞳が、俺を突き動かすということを。 「どうした。睨んでばかりじゃなく何とか言えよ…マサムネ」 「…後悔させてやる。必ず!」 頭の上で縛り上げた腕は怒りに振るえ、爪は深く掌に沈んでいる。 闇に浮き上がる白い身体には俺が刻んだ証が残る。 ベッドに近づきそれを指でなぞるとマサムネの身体は、それは一瞬だけであったが 敏感に反応を示した。 堪えきれず、口の端が上がる。 「悪いが後悔はしないタチでな。…もう少し、楽しませろよ」 「…下衆が」 「そうではなく俺の名を呼べ。俺が燃えるように、艶っぽい声で」 「誰が呼ぶか!」 「そうやって…息巻くのも何時まで保つかな?」 下半身に掛けてあったタオルケットを剥ぎ取ると全身が白く浮かび上がる。まだ 恥じらいがあるのか、片膝を折り曲げ俺から視線を逸らした。 屈辱だろう。逆らう余地もなく、陵辱されるのだから。 ベッドに膝をつき、白い身体を見下ろすと再び強い光が俺に向けられる。 ギリッと歯を食いしばる音が耳に心地良い。 …そうだ、もっとその光を。囚われの天使よ。 お前にこれほどとない屈辱を与えてやろう。 そして俺の名を叫べ。声枯らすほどに。 それが魔王たる俺にとって、最大の讃辞。 愛なんて生緩いものは要らない。 俺はもっとお前の憎しみが欲しい。 得るためには何処までもお前を追いつめて見せよう。 そして俺のことだけを考えろ。 俺が、お前を支配してやる。 ―――『M』side――― ――もう何時間がたったことだろう。時計も、陽の光さえ視ることが出来ない。 縛られた腕にもう感覚はない。痛みもとうに麻痺したと言って良いだろう。 愛撫の指と口唇の攻撃は絶え間なく続き、何がどうなっているのか…いや考えたく ない。 思考さえも停止させたい。 視線の先に映るのは自分の部屋の白い天井と…最も憎い、ナミの歪んだ顔。 ナミの下衆にもほどがあるが、何より易々と組み敷かれる弱い自分が憎い。 今の自分に出来ることは、堪えることだ。 弱音を吐くな、決して屈してはいけないと自分に言い聞かせ強く唇を噛みしめる。 それであっても下肢に響く甘美な疼きは止めることが出来ない。 気を許せば快楽にのめり込んでしまうかもしれない恐怖が自分の中にあるのは事実。 俺の身体に触るな。 貴様が触る場所、全てが腐ってしまいそうだ。 荒い鼻息を耳元でするのを止めろ。 貴様の息を感じる度に背筋が凍りそうだ。 下品な声で俺の名前を呼ぶな。 貴様に呼ばれる度に反吐が出そうだ。 声に出来ない叫びを堪えただひたすら波が収まるのを待つ。 もう少し堪えれば…解放の時が必ず、必ずあるのだから。 神なんて居ない。 こんな不条理なことなど許されるはずが無い。 もし居るのなら願いを聞いてくれ、神よ。 俺に自由と抗いと、忘却を与えてくれ…。 「さて、第二ラウンドといこうか…」 容赦のない一言がまた始まりを告げ、冷たい手が差し出される。 合図のように、ベッドが一度大きな音を出して軋んだ。
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