Happy Birthday(一日遅れ)
 宮本の誕生日をすっかり忘れて、徹マンしてしまった。  しかもボロ負けだ。  やばい。これはやばい。  あの宮本だ。自分の誕生日に、俺が徹マンしていた、という情報は、すでに  もう耳に入っているだろう。アイツのことだから、こっぴどい仕返しを用意  しているに違いない。それこそ、3日ぐらい俺がベッドから起き上がれなく  なるぐらいのことをするかもしれない。  元々、俺が宮本の誕生日を忘れていた、というのが悪いのだけれども。でも、  痛い思いも恥ずかしい思いもするのは嫌だった。  そこで、俺は、宮本の機嫌を直すために、断腸の思いで、自分のビデオ「モーニ  ング娘。ベストオブベスト映像」をプレゼントすることに決めた。徹マンで負け  まくったため、何か買う金もないのだ。俺がどんな思いでこのビデオを作りあげ  たか、よく知っている宮本なら、喜んで受け取って、なおかつ機嫌を直してくれ  るに違いない。  …そう自分に言い聞かせながら、俺はおそるおそる、自分の部屋のドアを開けた。  休日の朝10時という時間にも関わらず、宮本は、いなかった。  「あぁ、宮本? 女の子とデートしに行ったよ?」  「デートっ?!」  宮本がいるかな、と思って、竹田の部屋に行ってみたら、サラリと驚きの答えを  返された。  「うん。自分で『今からナオンとデートなんだ』って言ってたから、間違いない   と思うよ。誰がどう見でも、ウキウキしてたし」  宮本が、女とデート。デート…デート……。  「楽しそう…だったんだ……」  「うん。俺に、街中のクレープ屋の場所とか聞いてきたしね」  女とデートで、クレープ屋。  俺は、とりあえず鼻で笑ってみた。  あの宮本が、誰と一緒にクレープを食べるんだろう。  あの人をいじめることが大好きな宮本が、どんな顔してクレープを。  …確かに、宮本には女のファンが多いとは聞いていた。  時々靴箱に妙にかわいらしい封筒が入っているし、電話だってかかってきている  みたいだ。でも…デートするぐらいの女がいるなんて、聞いたことがない。だい  たい、俺とずっと一緒だったのに、いつのまに女とデートできるだけ親密に…  「そういえば、昨日宮本誕生日だったって、知ってた?」  「う……うん…」  「…昨日夜中起きてトイレ行った時、まだお前達の部屋から、音楽が聞こえて   いたぞ。宮本、お前を待って起きてたんじゃないの?」  「マジで?!」  「うん。電気もついてたし、間違いないと思う」  「そっか…」  「ま、デートに緊張して眠れなかったのかもしれないけどさ」  竹田は、からからと笑ったけれど、俺は笑えなかった。    …宮本に悪いことをした。夜中まで待っていたんだ…。誕生日なのに、一人で…。  俺は、自分の部屋に戻って、宮本のCDデッキを再生してみた。  ♪ひとりぼっちで少し 退屈な夜  私だけが淋しいの? Ah Uh  …宮本、誕生日の夜に、こんな歌一人で聴いてたんだ…。  かなり俺は情けなくなった。  宮本と俺は、男同士だけれど、一応恋人同士っていう関係だ。なのに、俺は宮本  の一年に一回の誕生日を、よりにもよって徹マンで、ないがしろにしてしまった。  アイツは、どんな思いで俺を待っていたんだろう。  …もしかしたら、今日はもう、俺に愛想をつかして、ファンの女の子とデートを  しに行ったのかもしれない。俺を待っている時に、電話をかけたファンの女の子  に、心を動かされて、恋に落ちてしまったのかもしれない。俺と……別れるつも  りなのかも……。  自業自得とはいえ、ちょっと涙ぐんできた。  俺は、机の上にあった貯金箱を、少し迷って、壊すことに決めた。  少ないけれど、5千円はあるはずだ。  モーニング娘。のチケット代にしようと貯めていたものだけれど、それよりも、  今は宮本だ。チケット代は、いるようになったら麻雀で稼げばいい。  俺は竹田の部屋にもう一度行き、クレープ屋の場所を聞いた。  まだ宮本がデートに出かけてから、1時間と経っていないらしいから、クレープ屋  にいるかもしれない。…もう遅いかもしれないけれど、でも、行かないよりかは  マシだと思った。  俺は、走った。  徹夜の体に、運動はきつかったけれど、それでも走った。  街中は、休日のせいか、学生でごったがえしていたが、それでも走った。  クレープ屋には、女子高生とかカップルがむらがっている。どうやら有名な店  らしい。俺は、クレープ屋の店内や周辺を、ウロウロと歩きまわった。  …宮本は、どんな女と一緒なんだろう。俺は、どう声をかけたらいいんだろう。  その女の人に、変に思われるかもしれない。冬なのに、こんなに汗だくで、息を  切らせて男を追いかけてきたんだから…。いや、辻希美が好きな宮本のことだ。  かわいらしい、妹のような女子中学生を連れているかもしれない。そんな子に、  「宮本さん、大好き」とか言われていたら、俺に勝ち目なんてないのかもしれ  ない…。俺のこと、すごく嫌そうな顔で見られたら…。  どんどん最悪な方向へ向かう思考のまま、俺は宮本を探し続けた。  そしてやっと、クレープ屋の裏にある公園で、俺は宮本の背中を見つけた。  どうやらベンチに座って、クレープを食べているらしい。  隣にいるのは…木に隠れて、見えない。  俺は、公園の入り口にまわるのがもどかしくて、柵をこえた。  柵の向こうは、木がしげっているが、かまうことはない。何とか、人が一人  通れるぐらいの空間はある。  「宮本!」  名前を叫ぶと、公園にいた人たちがびっくりしたらしく、こちらを見た。  宮本も、こちらを向く。  そして俺の姿を見ると、満足そうに笑い、そして隣の人間に笑いかけた。  …何で隣の女に笑いかけるんだろう。俺を、笑っているのか。  「……宮本、俺……」  「おはよう、原宿君」  宮本が、満足そうに笑いながら、俺を見る。何だ、その余裕の笑顔は。  木の間を通って葉っぱだらけになった俺の姿を笑っているのか。…それとも…  「昨日は…ゴメン……その…」  宮本に何かを言おうとしていたのに、困った。出てこない。手持ち無沙汰なので、  髪や服についた葉っぱを払い落としながら、俺は宮本の様子をうかがう。宮本は  相変わらず、何を考えているか分からない笑顔だ。  「あ、原宿さん」  すると、宮本の隣から、すごくかわいらしい声がした。  「ちゆちゃん! 何でここに…」  髪を二つに分けてくくり、フリフリのスカートを着てオシャレしたちゆちゃんが、  そこにはいた。初等部のアイドルとか、天使とか、高等部でも騒がれている人だ。  何でここに、も何も無い。宮本のデート相手は、ちゆちゃんだったのだ。  俺は、宮本が小学生に手を出したことに、軽くショックを受けた。どうしよう。  中学生や高校生までは予想していたが、小学生は予想外だ。ロリコンに走った  宮本に、俺は何か言う言葉があるのだろうか。  「…あ、違うの、原宿さん。ちゆ、宮本お兄ちゃんと釣りをしてたの」  ちゆちゃんは、俺の動揺っぷりに慌てて、宮本に、ねっ、と同意を求めた。  「釣り? …街中の公園で?」  「釣りだよ、原宿」  宮本は、偉そうにベンチにふんぞりかえりながら、俺を見る。  「釣りって…何も釣ってないじゃん。ってゆっか、池も道具もないのに」  「誰が魚釣りだって言ったんだ」  「魚釣りじゃない…釣り…?」  原宿は、やっぱり頭が悪いなぁ、と、宮本がベンチから立ち上がった。  そして、ガシッと俺の肩を握る。  「お前が釣られたんだよ」  「…意味が分からない」  宮本は、相変わらずニヤニヤしている。  「あのな。お前がここに来たのは、何でだ?」  「…その…昨日誕生日だったのに、忘れてて…昨日、寝ないで待っててくれた、   って竹田に聞いたから…」  「うん。で?」  「CDデッキ聞いたら、I wishとか流れてくるし……すごく…寂しかっただろう…   なって…だから俺……」  「うんうん。それで?」  「それでって……いや…女とデート…って…竹田に……でも、ちゆちゃんだった   なんて……」  宮本は、満足したように、大きくうなづいた。  「竹田、うまくやってくれたようだな。はははは」  「う、うまくやった?」  全く意味が分からない俺に、ベンチに座っていたちゆちゃんがぴょっこり立ち  上がって、簡潔に説明してくれた。  「あのね。昨日、宮本お兄ちゃんと竹田さんと私でね、原宿さんを釣る計画を   たてたの。で、原宿さんは、その計画にのせられたの」  「…釣るって…俺が?」  「うん。『どうせ、アイツは朝まで麻雀で帰ってこないだろうから、明日の朝、   街中を俺を求めて、必死で全力疾走させてやろう』って、宮本お兄ちゃんが   言い出して…。それで、竹田さんと一緒に、一芝居うったの。…ちゆ、まさか   本当に原宿さんが走ってくるとまでは思わなかったけど…」  「芝居って…じゃぁ、昨日夜遅くまで起きてたのって…」  「嘘だよ。昨日は今日のために、早めに寝た」  「CDデッキの曲は…」  「あぁ、出かける前にセットしておいた」  俺は、がっくりと地面に膝をついた。ショックだ。  「…納得したか? 原宿。お前は、まんまと釣られたわけだ」  「……」  「宮本お兄ちゃん。じゃぁ、ちゆはこれで。また今度☆」  ちゆちゃんは、自分の役割は終わったとばかりに、そそくさと退場した。  俺は、ショックのあまり、それに反応することもできなかった。  そして、俺と宮本、二人が公園のベンチに残された。  「ほら、原宿。そろそろショックから立ち直れよ」  宮本が、俺の肩に手をかけた。あまりの脱力感に力が入らない俺は、反応でき  ない。宮本は、そんな俺のわきの下に手をいれて立ち上がらせると、ベンチに  無理やり座らせた。そして、俺の顔を自分の方に向けさせる。  「…でも、昨日一人で過ごしたのは、本当だよ。途中で、もうしびれ切らせて   竹田とちゆちゃんに電話したけど」  「……」  「原宿、もしかして涙ぐんでる?」  「………ううう………」  宮本に指摘されて、俺はこらえていた涙が、あふれだすのを感じた。  「…俺は…本気で、お前に捨てられるかって……」  「は、原宿君…? いや、泣かなくても……」  ボロボロ泣き出した俺に、宮本は少し驚いたらしく、珍しく慌てた顔になる。  「バ…バ……バカみたいじゃないか、…俺…」  しゃっくりがひどくて、うまく喋れない。でも、俺は涙もしゃっくりも止められ  なかった。走っている時に感じた、嫌な想像が、またぐるぐると頭の中をまわり  だしたのだ。情けない。  「いや、…泣くなって…。元はといえば、お前が人の誕生日に、麻雀に狂って   たのが悪いんだろ?」  「…でも、あ…悪趣味な嘘…女とデートだなんて……」  「ちゆちゃんじゃん」  「………」  「何だよ」  「……ロリコン……」  「お前にだけは言われたくないな…。っつーか、そんなことより、俺に何か言う   言葉があるだろ」  宮本の言葉に、そういえば俺は大事なことを宮本に言ってないことに気づいた。  「俺はお前が好き…」  「…いや、それも嬉しいけど、ちょっと違うな…」  涙でぼやけた宮本の顔が、ちょっと困った顔になった。  俺は、一つ大きなしゃっくりをする。  「ほら、もっと一年に一回しか言えないことがさ」  ……あ。  「お、お誕生日…おめでとう…。一日遅くなってゴメン…」  宮本は、ウシ、とつぶやくと、俺を抱きしめた。少し苦しいし、痛い。  「じゃ、一日遅れた責任は、今からキッチリ返してもらおうかなっ!」  「えぇっ!?」  逃げようとしたら、さらにきつく抱きしめられた。しまった。いつもの宮本だ。  「逃げられるとは思ってないよな、原宿君。…そういえば、誕生日プレゼント   もらってないけど、何かあるの?」  俺は、ポケットの中に入った、5千円を思い出した。  そういえば、宮本を探しはしたけれど、プレゼントは何も買っていない。  プルプルと首をふると、宮本の腕がさらにきつくなった。  「じゃぁ、プレゼントはクリスマスと一緒に、楽しみにしてるよ。今回は、原宿   で我慢するから」  「我慢って…」  反論は、キスで妨害された。  街中の、人通りもけっこうある公園で、一瞬だけのかすめるようなキス。  …俺は、何もいえなくなってしまった。  それから寮に帰った後、俺が3日ほどベッドから起き上がれなくなるような  ひどい目にあわされたのは、言うまでもない…。  ―――神様。クリスマス前だけは、絶対麻雀しませんから…!
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