携帯メール
携帯電話を握り締めたまま、ゴハンを食べている俺。 「何してんの? 誰かからメール待ってるの?」 声をかけられて、やっと我にかえった。 携帯電話をテーブルの上に放り出す。 「あ、いや。そういうわけではないんだけど」 ポリポリと頭をかきながら、視線はやはり、携帯電話に送っていた。 食堂のトレイを持ったまま、雪男がふっと笑う。 「分かった。マサムネからのメール待ってるんだ。あいつ、携帯メールするように  なったもんね」 俺は、口の中につっこんだ豚のしょうが焼きを、リバースしそうになった。 すんでのところで止めることができたが、のどのあたりに、豚がつっかえた。 咳き込む。 「図星だろ」 「・・・・・・」 「あいつ、メールできるのかな」 「・・・一応、昨日、やり方教えたんだけれどもー」 「でも、今日寮で漫画読んでたよ?」 「マジでーっ!」 俺は、ぐったりした。 昨日、「今はクボウチのメールアドレスしか知らないから、練習がてらクボウチ に送ってみる」とか言ってたくせに。今日じゃなかったのか。がっかりだ。 俺は、携帯電話をつついて、シュンとした。 「・・・まぁ、気を落とすなよ、クボウチ」 雪男が、ニヤニヤ笑いながらそう言う。腹黒い笑顔だ。 「・・・。別に」 俺は、ボソボソと少し冷えたしょうが焼き定食を口につめこんだ。 妙に味気ない。 その時、ブブブブブと携帯電話が鳴った。 「・・・あ」 「あ」 ディスプレイに、「メール着信」と出る。 あわてて飛びついて、開いてみると――――― 『件名:ルパンが出た』 「マサムネから?」 雪男が少し意外そうな顔をして、のぞきこんだ。 「・・・あぁ。でもこのアドレス・・・パソコンからだ」 『申し訳ないが、ちょっとしたミスで、携帯電話を「ルパン」を名乗る馬鹿に  取り上げられてしまった。今日一日、返してもらえないらしいから、また今度  送る。申し訳ない。用件のみにて失礼します。糸田田でしたー』 「ルパンて」 「・・・ちっ」 つまらなさそうに舌打ちして、雪男が向かいのイスに座った。 「お前がルパンか」 「お前から返す?」 雪男が、胸ポケットから見たことのある携帯電話を取り出した。 「何でこんなことするわけ?」 「嫉妬?」 「かわいく言うな。お前、メル友ぐらい許せよ」 雪男が、ふん、と鼻で笑って、パックのジュースにストローをつきさした。 文句を言ってもシカトされるので、俺は、渡された携帯電話をしげしげとながめた。 マサムネらしく、ストラップも何もつけていない。 ふと思いついて、充電電池が入っているところを開けて見てみた。 「あ」 プリクラが一枚、貼ってあった。 「お前が貼ったの? このマサムネとのツーショット。いつ撮ったんだ?」 「・・・」 「ずいぶんかわいらしい趣味だな。男二人で花柄フレームって」 「・・・」 「え、このプリクラ貼るために、マサムネから携帯取り上げたの?」 雪男が、少し赤くなって、顔をそむけた。 照れ隠しのように、ジュースのパックがへこむスピードが早くなる。 「・・・やっぱ、お前が返せ。俺が返すの、アホらしい」 雪男に投げて返すと、無言で充電電池を元に戻して、バッグに入れた。 「痴話喧嘩、うらやましいね。はー、俺も何かないもんか」 空になったトレイを持って、俺は立ち上がった。 テーブルの上に放り出した、携帯電話をポケットにいれる。 「この学園の人気ある人間、ほとんどと知り合いで、友達という立場で、  あと何がいるのさ」 「友情じゃない、愛」 はぁとためいきをつくと、雪男は俺の言葉に反応せず、どこか遠くを見ながら 一言つぶやいた。 「マサムネ、ドラえフォンとかにしてくれないかな。自分からかけられる  のは、2つまでとかにしてくれたら、取り上げなくて済むのに」 「お前、人に質問したら、ちゃんと答えまで聞けよ。そのうち、キレたマサムネに  捨てられるぞ」 「うん。それが怖くて、今日は夜まで寮の部屋に帰れない」 俺は、堂々と痴話喧嘩のノロケをする雪男に、絶句した。
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