暑い夏の日に
俺は校庭のベンチで思索していた。 空は青いのに、この心の晴れない様はなんだ、と。俺を慕う人間は昔では考えられ ないほど多くなったのに、なぜこんなに空虚なんだろう、と。 昼休みの校庭を吹き抜ける夏の風が俺の頬を優しく撫でた。 俺は俺を慕う後輩はきらいじゃない。だが、俺のすべてを感じて愛してくれる人が 欲しいのだ、と心のもう一人の自分が呟く。 そう、あのマサムネのように。 マサムネの熱く燃えるような視線と鋭い口調で俺に求愛するあの感じ……思い出す だけでもうなじから背筋に冷たく心地の良い電流が走るのだ。 でも、マサムネは刺激の強い麻薬……一度だけ肌を重ねたことがある。燃えるよう な情熱と激しい息づかいに俺の心は拒絶反応を示した。 深みにはまる愛は、もう、いらない。……だけど忘れるコトなんて出来やしない。 マサムネマサムネマサムネ。 俺の情念の炎に飛び込んできた美しく鋭利な刃物……。俺の心と体は狂おしくマサ ムネを求めている、でも俺はマサムネには触れない。 もう傷つくのも、傷つけるのも、イヤ。 「ナミさん」 少し控えめな、それでいて俺を慕う後輩達の種類とは大きく違うその声によって、 俺は甘美な空想世界から否応なしに現実に引き戻された。 「なんですか?」 俺は至って静か、そして紳士的に答えた。 声の主は中等部1年生らしく、腰や胸まわりにあどけなさを残し、真新しいワイシ ャツを短パンの中にキッチリと納め、細く長い足の膝下10cmまで持ち上げた白い ハイソックスがまぶしい少年だった。 少年は俺を指さして声高に叫ぶ。 「ボクはあんたが嫌いだ」 「ん?」 「ボクはあんたが嫌いなんだ」 少年は二度繰り返した。二度目は一回り大きな声で。 「私を嫌いだって?面白いことを言う子だ、名は?」 ドクンッ、と俺の心臓が高鳴った。もっと言え、少年。言うのだ、俺の心をえぐり つけて、暗く美しい情念の火をつけるのだ。あの、マサムネのように俺を否定する んだッ。 そして、愛せ。 「中等部一年、ヒデです……みんなは騙されてるんだっ。ナミさんのその柔和な笑  顔の奥にはっっ」 ヒデはそこで言い淀んだ。 俺はテキスト学園内では良きにつけ悪しきにつけ有名人である。その俺に向かって 少年が怒鳴りつけている。周りの注目を集めないわけはなかった。 いつの間にか、俺の周りには俺を慕う後輩達が激しい怒りを込めた目でヒデを見て いた。だが、俺にとっては周りの後輩達よりもヒデが気になった。 「ヒデくん、何を言いたいのかはこの際どうでもいい。私は、君みたいな子が好き  だ」 周囲がざわめく。俺の後輩達はさらに激しい怒りをヒデに向けた。 「なっ、なにをっ言うんですかっ」 「私はキミともっと語り合いたい」 俺は可愛い男の子は大好きだ。そこにいるだけで花になる。男になる前の、髭もな にも生えていない、声もほんの少し高くて、変声期前の少しハスキーな感じ。とて もセクシーだ。 外野の囁きあう声が徐々に大きくなってきた。 「ここじゃ、話にならない、二人きりになりたいナ。場所を変えようか?」 俺は静かに言った。 「望むところ、です」 ヒデがしっかりと頷いた。頷く動作も可愛らしかった。 が、しかし。 次の瞬間、俺の意識は頷いたヒデの後ろにいる人物に集中した。 マサムネ。 あのマサムネがことの次第を楽しそうに、そして侮蔑の混じった瞳で見ているでは ないかっ。 マァァァサァァァァムゥゥゥゥゥネェェェェェッ。 俺の心に暗い情念の炎がともった。 「放課後、中等部の体育倉庫にっ」 俺は半ば吐き捨てるように叫んだ。 二人きりになりたいといったにも関わらず、まわりに会談場所を伝えるように叫ん だのは、意図したわけではない。その時の俺は頭に血が上っていた。その結果がど ういうものをもたらすかは理解できていなかった。 その日は授業は1時間が1000日に匹敵するほど長かった。 考えてみれば中等部は高等部よりも終業が30分ほど早い。俺はヒデを待たしてい ることに、いささか心がとがめ、小走りに中等部の体育倉庫に向かった。 が、悲劇はすでに終わっていた。 やけに重い体育倉庫の扉を開けて俺は愕然とした。マットに仰向けに倒れたヒデの 姿。血があたりに飛び散り、白いマットを紅く染め上げ、ヒデの可愛らしかった服 は全てはぎ取られ、悲惨とも言える陵辱の後がうかがえた。 「ヒ、ヒデッ」 俺はヒデに駆け寄った。だが、すでに彼の瞳の焦点は虚ろで俺の方を全く見ていな い。 「ハーナガ、サイタァァ、ハーナガサイタァァァ……」 何故だ? 誰がこんなコトを。 こんないたいけな可愛らしい少年に何故こんなむごい仕打ちをするのだっ。 「この大馬鹿者が……」 俺の後ろで蔑むような、そして哀れむような声が響いた。 無題いや無論、俺はその声の主を知っていた。 「マサムネッ貴様かっ貴様がこの様なことをっ」 振り向きざまに俺は声の主に向かって叫んだ。マサムネは冷笑を浮かべ、蔑んだ瞳 で俺を見つめた。 「……わかってねぇ、お前はなんにもわかってねぇ。お前だよ、ナミ。お前がこの事件の全てを作ったのだっ」 冷静だった口調がいつの間にか熱いものに変わっている。 俺は頭に冷や水をかけられた気分だった。 俺は、理解してしまった。そう、理解してしまったのだ。何があったか、誰がやっ たか。 「お前が愚にもつかないことを言ったために、この子は……」 「……マサムネ、俺はまた……」 「そうだっ、お前はまた同じコトを繰り返したのだ。お前の愛は相手を傷つけるッ 苦しませるッ……お前の後輩達には許し難い罪があるッ。だが、お前はこの可能性 を考えるべきだったのだッ」 「貴様になにがわかる……」 「わかるッ、わからないわけがないではないかッ。お前もわかっているだろう。俺  のこの愛を」 「わかっているッ、だが貴様の愛は俺を苦しめるのだッ。俺はお前の胸に飛び込ん  でいくことで、俺は貴様をッ、マサムネを傷つけるかもしれぬのだッ」 「俺はそんなことでは傷つかん。いや……」 俺とマサムネはお互いにすでに涙が頬を伝わることを厭わなかった。そしてマサム ネが俺の頬をゆっくりと撫で、流れる涙に口づけをする。 「お前にならば傷つけられても構わない。だから、ナミ、お前の愛は全て俺に寄越  せッ」 ゆっくりと俺はマサムネに抱きすくめられた。俺の体に這うマサムネの舌……指の 先から耳の穴まで……脳の中枢が痺れ、俺は紅いタメ息を吐いた。 「ぁぃぅッ、マ、マサムネッ、はァん、だめだ、もう、おれは、お前なしでは生き  られないッ」 「いいんだ、ナミ。お前は俺のものなのだッッ」 暑い夏が、俺たちの熱い夏が、また、やってきた。
〜暑い夏の日に・完〜
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