海とユキとマサムネと
悲喜こもごものクリスマスが終わると、テキスト学園寮は徐々に喧騒を失ってゆく。 クリスマスネゲットに成功した者はそのまま帰って来ないし、鬱氏リアルタイム 更新をした者は疲れきって鬱寝していたり、実家に鬱帰省したりしている。 この時期に寮に残っている者達は、マサムネを含めて全体の一割程度だった。 「あーあ、今年も非モテのままか…正月っていっても特にすることもねぇし…暇だなぁ」 PCに向かい鬼のように文章を書きまくった後、伸びをしてマサムネは呟いた。 更新もいいのだが、やはりそればかりでは鬱も進むというものだ。 誰かと遊ぼうにも寮に残っている面子ではイマイチ役者不足だ。 などと考えていると、突然電話が鳴った。昔ながらの黒電話をマサムネは愛用している。 「もしもし、どちら様です?」 かけてきた相手は、現在帰省中のユキだった。 「今年もよろしく、マサムネ。…突然だけど、海を見にこない?」 ユキにしては珍しく、強引な誘い方だった。 いぶかしく思いながらもOKし、マサムネはコートをはおった。 (ユキの実家は…ここから2時間ちょいってとこか?) ユキの実家、地元の話はあまり聞いたことがなかった。 何やら家庭の事情があるらしく、ユキにその話はタブーなのだ。 マサムネの出生も他人より幾分複雑であるので、ユキが話したがらない以上、あえ て聞くこともしなかった。 が、そのユキがマサムネを地元に呼び出そうとしている。 (何かあったかな…) ユキがわざわざ呼ぶからには、それなりの理由があるはずだ。 最寄駅まで迎えに来ていたユキは、私服のせいだろうか、どこかいつもより雰囲気 が柔らかく感じられた。 「やぁ…来てくれてありがとう、マサムネ」 「ん、まぁ暇だったからな」 そう言ってちょっと目を逸らしたマサムネを見て、ユキはくすぐったい気持ちになる。 「暇、ね。ふーん…あのマサムネ様が、暇、ね…」 わざと上目づかいで見上げたりしてみる。 「あー、なんだよその態度!遠くからはるばる来てやった友人に対して…あーあー、 どぉーせわしは非モテだよッ!邪魔したなユキ、もう帰るわ」 言うや否や身を翻すマサムネ。 堪えきれずにユキは声をあげて笑う。 「あっははは…待ってよーマサムネ、帰るのは僕の町を見てからでも遅くないだろう?  …ね?あっちにおいしいパフェを売りにしてる喫茶店もあるからさ」 ぴた、と足を止めてマサムネが振り返る。 「おごれ」 「イエス、サー」 パフェなんて目じゃないくらい甘い声で、ユキは返事をした。 ユキおすすめの喫茶店は、残念ながら正月休みだった。 仕方がないので、初売りのデパ地下で某有名店のケーキを5個ほど買って、ユキの 運転する車に乗り込んだ。免許については深くは考えないことにした。 通り過ぎてゆく景色。 ユキにとっては当たり前の、マサムネには馴染みのない、様々な建物や人の群れ。 「…突然呼び出して、ごめん」 真っ直ぐに前を見据えたまま、不意にユキが言う。 綺麗な綺麗なユキの横顔。少しゆがめた唇から洩れる言葉。 「実家はさ…居心地は悪くないんだけど、なんか駄目なんだ」 マサムネは何も言わず、ただユキの言葉を待つ。 「血の繋がりとか…そういうのは関係あるようでないんだ」 少しずつ、注意深く、ユキは語る。 相槌もはさまず、マサムネはただ耳を傾け続ける。 ユキのリズムを壊さないように。 どこにでもひとつやふたつ転がっている、親子の確執。 要約してしまえばその程度の身の上話。ユキが語ったのはそんな内容だった。 どこにでもあるけれど、解決策はなかなか転がっていない、哀しい家庭の事情。 「おとぎ話であるよね、悪い妖精が生まれたばっかりの赤ちゃんをさらって、自分  の子どもと取り換えちゃうってやつ」 「ああ、チェンジリング…取り換え子のことか」 「そうそう、それ。僕はそれなのかもしれないって、何度思ったことか。今でも…  そうだったらいいなって、よく思う」 目を細めて水平線を見つめるユキ。 小さい頃からこうやって自分を慰めていたのだろうか? 「来て、良かったよ」 マサムネはユキの隣にしゃがんで、貝殻を拾いながら言った。 「…そう?」 嬉しそうに、でも少し心細そうにユキが訊き返す。 「ああ」 貝殻を波の彼方に放り投げる。貝殻は水面でちょっと跳ねて、沈んだ。 しばらくふたりで海を眺めた後、車に戻って奪い合うようにしてケーキを食べた。 ケーキは甘く、やわらかく、懐かしい味がした。 「…マサムネ」 「ん?何だ?」 「クリームついてるよ、ほっぺに…くくっ、コドモみたい」 「え、ホントか?どこだ?」 「あーあーあー、下手にこすると余計に広がっちゃうよー!」 「んなこと言ったって…自分じゃ見えないし…」 「だから、僕がいるだろ?…ホラ、拭いてあげるからじっとしてて…」 「ん…うむ…」 ぺろ。 「!」 「あははははっ、引っ掛かったー!」 「ユ、ユキッ!冗談にしたってやっていいことと悪いことがッ…」 「いいじゃないかー、僕とマサムネの仲だろー?あっはっはっ…はははっ…」 「いいや、許さん!」 「きゃー、マサムネ様のえっちぃー」 海は全てを洗い流す。 ユキの悩みもマサムネの鬱も全て受け入れて、静かに変わらずにそこにある。
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