♂鬱印ちーずけーき♂
その日も彼はいつものように登校前にコンビニに寄っていた。適当に今日の弁当 やらおやつやらをカゴに放り込んで、のんびり店内を徘徊。 「あ、ピカの新製品、ゲトー!!」 雑誌コーナーの横を抜け、ゲームが並んでいるあたりの手前にひとりの少年が立 っていた。同じ制服、長身で福山似のナイスガイ。ていうかめっちゃ知り合い。 「よっ、青樹。買い物か?」 青樹は日頃の3倍くらい素早いスピードで、したたたっとその声のした方に駆け 寄った。 「閣下・・・!」 そこには、ちょっと人を小馬鹿にしているような挑戦的な眼差しが特徴的な男子 高校生がいた。 「おはよう、青樹。またこの間みたいにピカに気を取られて遅刻すんなよ」 そういえば数日前そんなことがあった。 ポケモンのフィギュアつき駄菓子(ピカが当たる確率は1/6)をどれを買うか 迷いに迷っていたら、予鈴を聞き逃してしまったのだ。本鈴を予鈴と勘違いして 悠々と教室に現れた青樹に、教師が激怒した。 閣下は青樹の持っているカゴを遠慮なくゴソゴソと漁りはじめた。青樹もそれに 異を唱えたりはせず、ニコニコとされるがままに任せている。 「あ?何だよコレ、お前こんなもんまで買うのかよ?しかも5個も」 「だってあまぁーいんだよ、そのチーズケーキ。ピカもピチュも気に入ってるん だ」 「へぇー・・・」 ポイ、と無造作に『鬱印ちーずけーき』をカゴに戻す閣下。しまった、と青樹が 思った時にはもう遅かった。 「じゃーな、俺、先に行くから」 青樹の顔を見ずにそれだけ告げて、閣下はすたすたと出口に向かって早足で歩き 出した。 「ま、待ってよ、閣下!私も一緒に・・・!!」 慌てて青樹も後を追うが、コンビニの店員に遮られる。 「そこのお客さーん、レジを通してない商品持ったまま外にでないでくださーい 。…てあれ?青樹さん?」 そこで青樹は初めて我に返った。コンビニバイトの少年が、訝しそうにこっちを 見ていた。 「なにやってんの?こんなとこで」 「あ、あ、あ、ああああさん!」 「俺そんなドラクエで超いいかげんにつけたような名前じゃないんだけど」 「えええええっと、今日も鬱ですね!首も折れそうですよね!」 「いや何の話してんのか全然わかんないです」 「メイド服、似合うね!」 「着てません」 「そそそそそそれじゃ私、急ぐので!またね!」 すたこらさーと逃げるように走り去る青樹。吐息をついて見送るアルバイトの少 年。 「あーあ、眼中なしかよ。やだねー…人の気も知らないで」 青樹はいつになく必死に通学路を走り、やっとのことで登校する生徒のグループ の中から見慣れた後ろ姿を見つけ出す。相手も視線に気がついたらしく、振り返 って青樹と目が合った。 いつにも増して鋭さを増した瞳にぞくりとしたが、おそるおそる声をかけてみる 。 「あ、あの、閣下!」 「…なんだよ青樹。わざわざ走ってくるなよ。そんな動きづらそうな服装で」 「ええーとあのそのえっとピカ」 「…落ち着いて喋れ、とりあえず。震えながら話すのだけは却下、な」 「あっ、は、はいいいい………」 ぜーはーぜーはー、と息を整え汗を拭い、青樹は閣下の瞳を真っ直ぐに見上げる 。 「そんで、なんの用なわけ?」 その冷たい口調にまたもや怯みそうになる自分を励ましながら、青樹は声を出す 。 「コレ!これは閣下の分!」 そう言って差し出された青樹の手の中にはさっきの『鬱印ちーずけーき』。 「ハァ!?」 「私は、ピカとピチュと、閣下と一緒に食べようってそう思って…」 「ハァアァ!?」 閣下の口があんぐりと開き、心なしか頬が赤く染まる。 「ちょ…オマエこんなところで何言ってんだよ!?わかってんのか?ここがどこ だか!!」 801女学院校門前。もちろん登校ラッシュアワー真っ最中。 「こういうトコでそーゆーこと言うとどうなるかわかってて言ってんのか!?」 女生徒達の期待に満ちた視線が集中する中、青樹はきっぱりと答えた。 「わかりませんどういうことですか?」 「…勘弁してくれ…」 遠ざかる閣下の意識の片隅で、『鬱印』の鬱の字がやけに大きくピカったような 気がした…。 <終> おまけ。 ひとつはピカの分。ひとつはピチュの分。ひとつは閣の分。ひとつは自分の分。 最後のひとつは…誰の分? 「勘弁してよ、もう…あのひとは諦めることさえ許してくれないのか!?」 可哀相だけどちょっとだけ幸せそうな「ああああ」さんの分? <♂お氏まい♂>
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