歪んだ恋情
 こんなに……こんなに、焦がれているのに。  どうして触れてくれないんだ、と、マサムネは目の前でくつろぐナミを見つめた。  彼はマサムネを昂ぶらせ、追い上げ、暴発寸前にまでしておきながら、すっ と離れていくと、涼しげな顔で本を読みはじめたのだ。  しかも、「触るな」とひとこと、命じて。 「……ナミ」  耐え切れなくなって、マサムネはうめいた。  ナミは顔を上げ、ゆっくりと、くちびるの片端をつり上げる。 「どうした?」  冷たい声音に、マサムネはまた熱が高まるのを感じた。  いつからか、すっかり彼に調教されて――自分は、こんなにもいやらしくな ってしまっている。それが悔しくもあり、だがその悔しさにまた感じてしまう。  それを当然知っているらしく、ナミは先を言わない。わかっているはずなのに。 「どうして……」  その先は、言えない。どうして触れてくれないのだ、などとは。  もともと、あまりモテるたちではなかったマサムネを、唯一、愛していると 口にしたのはナミだった。表立ってはつれない態度を取られているが、彼の愛 が嘘ではないことは、マサムネ自身がよく知っている。  何度も犯されて――そのたび、身体は淫らに成熟させられていった。甘い毒 を含んだ針で、刺青を刻まれて行くかのように。 「感じているんだろう? そういう性質のやつなんだよ、おまえは」 「違うっ……オレは」  Mなんかじゃない。そう口にしようとしたが、舌が口蓋にはりついて、うま く声にならなかった。  ナミは、本を閉じると机に置き、マサムネのかたわらまでやってきた。マサ ムネが転がっているベッドに座り、すぅっと、マサムネのあごを持ち上げる。 「否定するな。おまえは私の、犬だ」  言われた瞬間、マサムネの背筋に電流がはしった。  犬。その響きに陶酔している自分がいる。  マサムネは屈辱に震え、ナミを見た。  ナミは悠然と、マサムネを見下ろしている。 「おまえは私の奴隷なんだ。この淫乱め」  言葉で貶められるたび、マサムネは身体を震わせた。  どういうことだ。  どういうことなんだ!  ――快感、なのだ。  ナミの発する言葉のひとつひとつが。  自分を見下す彼の視線が。  マサムネは首を振った。  いや違う。こんなものは錯覚だ。  自分はまだ、そこまで堕ちてなどいない。  堕ちてなど、いないのだ……。 「……マサムネ」  ナミの顔が近づいてくる。 「それでも私は、おまえを愛しているんだよ」  本当に?  そう訊ねたいのをこらえながら、マサムネは、ナミの優しい口づけに酔った。
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