−第4話 ハッテン魂−
 私は愛☆蔵田、某出版会社に勤めるリーマンだ。  編集の一人としてミステリ系ライトノベルの新レーベルを立ち上げ  たばかりの私は、レーベルの次の作家を発掘することに苦労してい  た。様々な流れから見てライトノベル業界の次の潮流はミステリ系  ライトノベルになるのではないかと感じていた私は、ほぼ一年余り  の時間をかけて現在流通しているミステリを読み込み、ライトノベ  ルとして売れるスタンスを持つ作品とはどのようなものかと言うこ  とを分析、満を持して新レーベルを立ち上げたのだった。しかし、  残念なことに私の望むミステリ系ライトノベルの書き手はなかなか  見いだせず、レーベルの次回作品の出版にも正直苦労していた。  そんな中、私の下にある一通のメールが送られてきた。いや、それ  はメールとしては異常に長いものだった。投稿作品だったのだ。お  よそ原稿用紙に換算して100枚余りに渡る投稿をメールしてくる  神経を私は始め疑ったものだったが、フォント弄り系のクソつまら  ないサイト巡回の片手間にメールの投稿を読んだ私は目から鱗をボ  ロボロ落とさせられる気分でそのメールを読み終えていた。  主人公と脇役のキャラクター性が少女漫画雑誌を出版するこの出版  社のレーベルと言うものをよく考えて作り込まれていたのもさるこ  とながら、物語に使用されるトリックが簡潔明瞭であることも私を  唸らせた。物語の途中で読み手が作品の中のどのキャラクターより  も先にトリックを読み解くことが出来るものだったのだ。それはミ  ステリ通の読み手から高い評価を受ける要素には決してなりえない。  だがミステリ系ライトノベルと言うことで言うならそれは押さえて  おかなければならないポイントだった。ストーリーテリングにおい  て読者の方が先に登場人物たちに先んじてトリックを読み解き、後  は作品の中のキャラクターたちがどうやって事件を解決していくか  と言うことをキャラクターに萌えながら見てゆくと言うのがミステ  リ系ライトノベルでは必然の方向なのではないかと私は思っている。  そしてこの投稿作品はそう思う私の結論をそのまま形にしたような  ものだった。  最後に私に決定的なまでに好印象を与えたのは、作品に漂う801  的雰囲気がほんのり香る程度にまでよく抑え込まれていたことだっ  た。濃厚な801香が漂うのを私は嫌うものではない。しかしこの  レーベルにおいて濃厚な801香はそのまま801禍となりうる。  少女向けライトノベルレーベルの多くが濃厚な801香に負けてレー  ベル自体を沈ませつつある状況を見ている私は、原典では薄く、そ  して二次作品で萌えた読み手によって濃厚な801を爆発させ、原  典の売上に寄与して貰えたらと思う。この投稿は私のそうした意図  を本当によく汲み取っているように思えた。  私はメールを返信し、とるものもとらずついにこの週末、本人と会  い、今後この作品を我が社のレーベルとして出版する意志があるか  どうか、あるなら大幅な加筆が必要だがその覚悟はあるかと言った  ことを確認することにしたのである。  そうして私は此処、新宿にいる。  週末に見られる独特の雰囲気の喧噪の中、雑誌『華と嫁』を抱える  私を周囲がどう思っていたか余り想像したくはない。それでも私が  そうして街頭に佇んでいたのは私が立ち上げた新レーベルに於てキ  ラー作品となりうるものを書き得る相手と会えると言う希望が私を  支えていたからだと思う。  肩を叩かれ振り返った私は愕然とした。  「ひとし部長、久し振りじゃのぅ」  一気に地獄へ突き落とされた。  「ひ! ま、まさゆき係長!!!」  「ひとし部長はワシのメールを痛く気に入ったみたいじゃのぅ」  「げぇっ、するとあの投稿作品は…」  「ワシじゃ」  私の勘違いは甚だしかった。よく抑え込まれてほんのり漂う程度の  軽やかな801香の作品と思ったのは、実は徹底して無理矢理押さ  え込んだもののそれでも漏れだすハッテンの異臭に他ならなかった  のだ!!!  なんということ。  茫然とする私の腕にまさゆき係長の腕がガシリと回される。  逃げられない。  「ここからなら大江戸線で新木場まですぐじゃけん」  まさゆき係長の舌なめずりを含む声に私の抵抗は如何にも弱々しかっ  た。  「ホ、ホヒィ…」  目ざすは新木場ハッテン場、漢たちの汗飛び散る肉色の地。  私の週末はどうやら悪夢のうちに終わりそうだった。
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