原宿×竹田試作品
原宿がそれを見つけたのは全くの偶然だった。 中庭の一角に、小さくへこんだスペースがある。 太陽がどの位置にあっても建物が日光を遮る、小奇麗な庭の中で一箇所だけ陰気な 印象を放つ日陰の場所だ。 しかし同時にそこは廊下からは死角になっており、時々煙草を吸ったり、 人に見られたくない事をするときに生徒が利用する場所でもあった。 その小さな小さな、光の当たらぬ場所に。 竹田はひっそりと、眠るように座り込んでいた。 「…なにやってんだアンタ」 原宿は憮然として声をかけた。なにやってんだ。本当に。 竹田はうすく瞼を持ち上げ、そうして僅か口角を持ち上げた。 「…やあ原宿くん。久し振り。お元気ですか。」 いつも通り平坦な声が、慇懃に、けれど感情のこもらぬ声で言った。 原宿は、柳眉をく、と寄せて盛大に舌打ちした。 「元気じゃねえよ。…あんたらとつるんでたらさ。いつの間にかナフ周辺、とか  言われちゃってんの、信じらんね。」 ありえない、と小さく息混じりにつけたした。 竹田は原宿を見ているのか見ていないのかわからない目で言葉を返す。 「僕のサイトはもう名前変えましたし。…そんなこと言われたって。まさか僕に  責任取れとでもおっしゃいますか」 「取れるもんなら取ってほしいね、できるんならな。俺はあんたみたいに騒ぎの  中からフェードアウトする方法はしらねえ」 「まるで僕を策士みたいに」 「違うのかよ」 「違いますよ。僕はただ底辺で這いずり回る無能なオタクです」 原宿はああそう。とほとんど息だけで呟いた。埒があかない。いつもいつでも この調子だ、この男は。 所属するくせ浮遊している。渦中にいるくせ傍観している。 その時、眼の前に座り込む竹田の前髪に何か赤黒い欠片が付着しているのに気付いた。 何気なくひょいとしゃがみこんで片手を伸ばし、その欠片を指に乗せた。 血だった。 「…な、」 「それ? ナフ氏ね、とか言われて、石をぶつけられてしまいました。僕のような  弱小テキスト書きにもこんな災禍がめぐってくるなんて。恐ろしい。」 原宿が問いただすその前に、竹田は相変わらずの口調で告げた。小さく笑む表情は 自嘲にも見える。 原宿は思わずかっとなった。 胸倉を掴んだ。竹田の身体は思うより軽く、力の入れ加減を間違えた。 その薄笑いがぐん、と間近に。 「底辺とか弱小とか、自分で言ってりゃいいとでも思ってんのかよ!馬鹿かあんたは。  いくらそんなこと言ったってな、厨房はどんどん図に乗るぞ。「ナフ周辺」は  蔑称なんだよ。浸透してんだよ!  あんたは、…俺も!追い詰められてんだよ!  わかってんのかよ。解ってんだろ。解ってるくせにそんなへらへらしてんなよ!」 一気に早口で捲し立てた。竹田の薄笑いはいささかも崩れない。 「…解りません。解る必要もないでしょう。今までどおりです。」 表情は、崩れない。口調も。 なんで。原宿は小さく呟いた。 なんでそうなんだよ。あんたは。いつも。いつでも。…なんで。 「…なんで。」 原宿の肌目細かい頬に涙がぼとぼと落ちた。竹田の胸倉を掴んだままなので拭え なかった。 泣いているのだ。俺は。遠く他人事のように思った。 「…どうして泣くんですか。」 胸倉をつかまれ、半ばぶら下げられるようにしながら、心底不思議に竹田は聞いた。 微笑がすこし、崩れた。 「うっせえ…」 嗚咽を漏らしながら、原宿が答えた。く、と小さく喉の奥が鳴った。 頭の奥がぐるぐると波打った。熱に浮かされたようだった。 笑いつづけた男。掴み所のない男。中心にいるくせに、渦中にいるくせに。 遠くでチャイムの音がした。竹田がふと音のほうを見やった。 それでもう、何がなんだかわからなくなった。 たけだ、と小さく相手の名を呼んだ。胸倉を掴んだままで、噛み付くように口付けた。 がつと歯がぶつかった。 「ふ、」 突然だった。竹田は小さく息を漏らし、目を見開いた。 微笑は消えた。それだけ確認して、原宿は満足げに笑んだ。 何度も何度も、啄ばむように口付けた。じゃりと足元で砂が軋んだ。 原宿の胸元を軽く竹田が叩いた。その手首を捉まえ、顔の角度を変えた。そうして なおも深く口付けた。 躊躇いながら、竹田の瞼が閉じられた。 もう授業は始まっていた。 中庭の一角、小さく蠢く二つの陰があった。 本当は自分が追い詰められたことなどどうでも良かった。 ただ辛かった。 一緒に酒を飲んで馬鹿みたいに笑った男が、つまらないネタで一緒に笑っていた男が。 サイトの初期から、ずっと尊敬してきた男が、ひとりでこんなふうに日陰にいるのは。 辛かったんだ、俺は。 竹田に口付けながら、原宿はそう、ぼんやりと思った。
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