魔法のクッキー
各務さんとケンカした。 各務さんは、一歳下の僕のゲーム仲間だ。イジワルな愛すべき変態だ。 「青木さんは、何でピカチュウの着ぐるみを来ているんですか」と問い詰めてきた り、耳が弱いと言うと、わざと耳をひっぱたりするような人だけれど、面白い人だ。 もう高校生なのに、ピカチュウスーツを愛用する僕と、遊んでくれる数少ない人だ。 そんな各務さんと、ケンカした。 きっかけは、各務さんが「新しいゲーム買ったんですよ。一緒にやりましょう」と 誘ってきたこと。一緒にお菓子を食べながら、対戦していたら、いきなり各務さん がゲームのコントローラーを放り出して、僕を抱きしめてきたのだ。 「青木さんのピカチュウスーツは、ふくふくしていますね」 「もう、やめてよー。そんなことより、ゲームしようよ」 「ピカチュウスーツの中身も、こんなのなんですかね。青木さん、子供みたいに  体温高いですね」 いくらかわいい後輩でも、うなじにチューして、ピカチュウスーツの中に手を つっこもうとしてくるのには、セクハラが過ぎると思って、ちょっときつめに しかった。 すると、各務さんはムスッとして、僕を放り出した。そして、部屋を出て行って しまった。こんな捨てゼリフを残して。 「…青木さんは、まだまだ子供ですよ。もう高校生なのに…分かってないですよ」 最近の若い子は切れやすいとよく言うけれど、思考回路が全く分からない切れ方を するとは知らなかった。しかも、それから各務さんは口を聞いてくれなくなった。 全くわけがわからない。 「え? 年下に子供扱いされたんですか?」 やっぱりわけもわからないまま各務さんと縁が切れるのも何なので、数少ない友人 の一人である、雪男さんに相談してみた。 すると、眠たげな目をしている雪男さんは、学食の安い食事を食べながら、やる気 なさそうにそう言った。 「…子供扱いされたのは……僕のせいなの?」 雪男さんにくわしく、その時の状況を説明すると、困ったようにこう言った。 「うーん…まぁ…子供だとは思うんだけれど…でも、各務さんも各務さんだと思う  ので、どっちもどっちだと…」 雪男さんも、全くわけがわからない。 やはり、歯に衣を着せない言い方をする、マサムネさんに聞いた方がよかったのかも しれない。 「…とりあえず、聞くけど、青木さんは、各務さんが好きなの?」 「うん、好きだよ。一緒にいると楽しいし」 「友達として?」 「ある意味、もう友達の域をこえてる」 僕の答えに、雪男さんは微妙な顔をした。 何だろう。僕と各務さんは、一緒にゲームをして3日ぐらい徹夜したり、どっちが 早く新しいゲームをクリアするかを競ったりと、「強敵」と書いて「トモ」と読む 関係を、友達以上と言うことは、何かまずいのだろうか。 「……例えば」 「例えば?」 「各務さんと一つのベッドで一緒に寝ます。どう? 嫌?」 「別に。部屋に遊びに来たら、よく寝てるよ。まるでぬいぐるみ代わりみたいに  抱きしめられるから、ちょっと寝苦しいけど」 「…質問を変えるよ」 「うん」 「セックスの意味分かる?」 「ナオンと一緒に寝ること」 雪男さんは、困り果てた顔をした。 「各務さんとそれをやることは?」 「そんなこと、物理的に不可能だよー。僕も各務さんも穴がないもん」 「もしできるとしたら?」 「……うーん……。想像つかないなぁ。女装した各務さんなんて」 雪男さんは、僕の言葉にさらに困り果てた顔になった。 眠たげな目が、さらに眠そうになる。 「…うーん。質問を変えます。各務さんと、クリスマスイブの夜を一緒に過ごしたい  と思いますか」 「…各務さんとクリスマス」  各務さんと二人でクリスマス。  あの人とやることといったら、一つしかない。ゲームだ。  二人で、血をたぎらせ、精神をすりへらし、戦いぬくのだ。燃え尽きるまで。  そんなクリスマスなんて… 「…いいかもしれない」  想像すると、すごく楽しそうだった。 「後悔しませんか」 「うん。僕、各務さん好きだもの」 「そうなんだ」  雪男さんは、ポケットからかわいらしい包みを取り出した。 「ナオンからのもらいもの?」 「あぁ、801女学院の人からのもらいものだよ。青木さんにあげる」 「ありがとー。これ、何?」 「クッキーだよ。いいかい。クリスマスの日に、各務さんに会う前に、このクッキー  を食べると、各務さんも許してくれるよ」 「本当? クッキー食べていくだけでいいの?」 「うん。それは、ケンカをおさめる魔法のクッキーだから。マサムネにあげようかと  思ったけれど、青木さんの方が面白そうだし、あげる」 「魔法のクッキー! いいなぁ。楽しみ。今食べちゃだめ?」 「クリスマスに食べた方が面白いと思うよ」 よく分からないけれど、僕は雪男さんにもらったクッキーを、大事にポケットに いれた。魔法のクッキーなんて、いいものをもらった。雪男さんって、なんて いい人なんだろう。 「それじゃ、いいクリスマスをね」 雪男さんは、そう言って、食べ終わった食器を持って、去っていった。 魔法のクッキー。魔法のクッキー。仲直りのクッキー。 クリスマスまで待てなくて、イブの日に僕は、各務さんの部屋の前に来た。 多分、イブなら魔法のクッキーだって効果があるはずだ。 むしろ各務さんと仲直りすることよりも、魔法のクッキーの効果の方が、僕は 気になっていた。どんな力で、仲直りさせてくれるんだろうか。 各務さんの部屋の前で、パリパリと包装をあけて、取り出すと、ガチャリと ドアがいきなり開いた。 「……青木さん」 しまった。 魔法のクッキーを食べる前に会ってしまった。 今から食べたのでは、間に合わないかもしれない。 「…あ、あの、あの」 「会いに来てくれたんですか? 俺に」 「う、うん…」 「クリスマスなのに…」 「うん。あの、あのね…」 「そのクッキーは、何?」 「これはね、あの、魔法の…」 「魔法の…?」 僕はそこで言葉につまってしまった。 だって、魔法というのは神聖なものだ。魔法をかける相手に、効力を言ったら 効かなくなっちゃうかもしれない。 「…別に言いたくないならいいんですが…。とりあえず、入ってくださいよ。  廊下だと、寒いでしょ?」 「え? いいの?」 「新作ゲームがありますから。一緒に遊びましょうよ。それとも何か予定でもあるん  ですか?」 「ううん! すごい暇! 遊ぶ!」 魔法のクッキー食べなくても、各務さんはいつもの各務さんになっていた。 何だ。魔法のクッキーって食べなくても効力あるんじゃないか。 僕は、スキップしながら部屋に入った。 各務さんは、ドアを閉めると、もくもくとニンテンドー64を取り出して、 スマッシュブラザーズをセットした。僕は各務さんの隣に座って、コントローラー を握る。 でも、各務さんはコントローラーをもたずに、僕の方を向いた。 「青木さん。実は、ゲームをする前に聞いてほしいことがあるんです」 「なに? それは、ゲームより大事なことなの?」 「はい。俺にとっては、かなり大事です」 ゲームより大事、という言葉に、僕はコントローラーを置いて、話を聞くことに した。いつもは各務さんを見上げなきゃいけないのだが、今は床に直に座ってい るので、目線はあまり変わらない。各務さんは、まっすぐ僕の目を見つめてきた。 「驚かないで聞いてほしいんです。…好きなんです」 「? 何を?」 「あなたをです。俺は、あなたが好きなんです」 「僕も好きだよ?」 「いや…違うんです…その…」 「ん?」 各務さんは、言葉を選んでいるのか、ブツブツと何か色々とつぶやいたあと、ガシッ と僕の手を握ってきた。 「ドキドキしますか?」 「? ううん。全然」 「俺は、ドキドキします。男と女の愛してる、好き、とかそういうのと同じ感じで、  あなたのことが好きなんです」 僕は、各務さんの握っている手を離そうとした。しかし、離してくれない。 部屋のドアの向こうで、誰かが騒ぐ声が聞こえるが、この部屋は二人っきりだ。 「各務さん? 僕は男だよ?」 「いいんです。そんなこと気にしません。青木さんが、俺をどう思っているか、で  答えてほしいんです」 「『強敵』と書いて『トモ』と…」 「…いや、そういうことじゃなくて…」 各務さんが手を離してくれたので、僕はきちんと正座して、改めて聞いてみた。 「どうしたいの?」 「いや、その…おつきあいとか…それなりに…俺だって、思春期だし…」 「何するの?」 「いや、今までどおり、ゲームしたりとか…になると思うんですけれど…。  時々チューしたりエッチしたりと…」 「エッチ?? 僕、そんなことできないよ。穴がないもん!」 「いや、男同士だってやろうと思えば…今からやってみてもいいですよ」 僕は、各務さんが伸ばした手をよけるように、各務さんから遠ざかった。 何か怖い。 各務さんは、僕に逃げられたことに、少なからずショックを受けたようだった。 「…分かりました。体は二の次として…心的には、俺のこと、嫌いですか」 「好き嫌いで言うなら…好きだけど」 ピカチュウスーツのシッポを握りしめながら、僕は各務さんに何て言ったらいいか を考えていた。いくらナオンにもてないからって、男に走るのは何か間違っている ような気がする。でも、各務さんはマジだし、僕も各務さんは嫌いじゃない。 「あの……友達からなら…」 「マジですか!?」 「チューとかはダメだけど…」 「マジですか!?」 各務さんは、光の速さで僕ににじりよってきて、むぎゅうと抱きしめてきた。 「苦しいよ、各務さん」 「そのうち、チューしたくなるような関係になるって期待しちゃ、ダメですか」 「……別に期待するぐらいなら、いいけど……苦しいよ、各務さん…」 各務さんは、僕をさらに強く抱きしめて、「頑張ります」と答えた。 何かドラマの中のセリフのように、各務さんは自分の世界に入り込んで言っている ところ悪いんだけれど、僕は彼の胸で圧死しそうだ。鬱死より最悪だ。 しばらくして、各務さんの腕からやっと解放された時、僕は酸素を吸いまくって、 生の喜びを感じた。 「じゃ…じゃぁ、ゲームしようか」 「喜んで。…そういえば、あのクッキー食べましょうよ。俺、小腹が空いたんです  けど」 「えー? 別にいいけど…」 僕は、自然と各務さんから距離をとりながら、クッキーを取り出して渡した。 「…逃げないでくださいよ、青木さん。抱きしめる以上のことはしませんから。  俺を信じてください」 各務さんはマジメな顔でそう言った。 …まぁ、まだ友達だし、各務さんも何もしなかったら、すぐに心変わりするだろう。 僕は、こくりとうなずいて、それ以上距離をとるのをやめて、ゲームのコントロー ラーを握った。ゲーム上では、僕らは強敵同士だ。 各務さんも、僕の魔法のクッキーを取り出して食べながら、コントローラーを握る。 「…げ、何かこれ、変な味しますよ。何ですか? このクッキー」 「え? 本当? …ホントだー。何かおかしいね、味が。雪男さん、腐ったクッキー  くれたのかなぁ」 クリスマスは、まだ始まったばかり。 僕が、魔法のクッキーが801女学院の人特性の、媚薬入りクッキーだ、と知った のは、全てが終わったクリスマスが過ぎた、26日の朝のことだ。
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