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原宿は、一人部屋で待っていた。 目の前にはケーキと、お店で買ってきた「クリスマスパーティセット」という、 ちょっとリッチな料理が並んでいる。 今日はクリスマスイブだから、この前の誕生日の埋め合わせもかねて、一緒に お祝いしようね、と宮本と約束したのだ。 ……約束したのに。 『ごめん。イブは、バンドの仲間とライブすることになったんだ。だから、昼は  俺のライブ見て、夜は一緒に打ち上げに参加しようぜ。DJイベントとかも  あるみたいだし』 原宿は、3日前に宮本に言われた言葉を思い出した。 その打ち上げに参加する人間は、宮本以外竹田ぐらいしかしらない。そんな知ら ない人ばかりのイベントは、二人で過ごすイブよりも面白い、と宮本は思ってい るのだろうか。 原宿は、なんだかイブは二人っきりで過ごす、というのを当たり前に思っていた 自分が、むしょうに恥ずかしくなって、宮本の誘いを断った。 『俺はいいや。宮本は、打ち上げ楽しんで来いって。その後、二人でケーキでも  食べて祝おうぜ。な?』 本当は、宮本が『じゃぁ俺も打ち上げ参加するのやめる。二人で過ごそう』って 言ってくれるのをどこかで期待していた。でも、宮本は少し寂しそうな顔をして、 『そっか…。じゃぁ、なるべく早く帰ってくるよ』と答えた。 イブは、一緒に過ごそうって言ったのにな…。 原宿は、もう何度目になるか分からないためいきを一つついた。 分かっているのだ。宮本はバンドの中心だから、打ち上げに参加しないわけに はいけない。途中でぬけるのも容易ではないのだろう。そんなこと、原宿だって 分かってはいるのだ。 時計は、もう午後10時をまわっていた。宮本は、まだ帰ってくる気配もない。 こうして、宮本を待っている自分が、原宿はたまらなく嫌だった。 携帯に電話はかけない。「いつ帰ってくるんだ?」って聞かない。自分は、もう 晩御飯は食べた。別に宮本の帰りを待って食べようと思ってなんかいない。 男なんだから、女みたいにけなげに待っているなんて、おかしいのだ。 自分は、宮本が帰ってきたら、クラッカーを鳴らして、今日のライブの感想でも 言えばいいのだ。 …またためいきが一つ出てきた。 自分が何をしたいのか、原宿には全く分からないのだ。 もうすっかり冷めてしまった料理を、原宿はぼんやりと見つめた。 ケーキが痛むといけないから、と、暖房を消したのが悪かったらしく、ホカホカ していたチキンも、すっかりまずそうだ。もうこれは全部自分が食べてしまって、 明日改めて二人で祝った方がいいかもしれない。もしかしたら、宮本は打ち上げが 楽しすぎて、帰ってこないかもしれない。待っているだけ無駄かも……。明日は、 宮本が行きたいって言えば、どこかへ行こう。自分からは何も言わないでおこう。 こうして待っているなんて言ったら、宮本は…。 突如、ドンドンッ! とけたたましくドアが鳴り、原宿は心臓が口から出そうに なった。誰かが外からノックしているらしい。 原宿は、あわてて立ち上がって、ドアを開けた。 「おかえり、……竹田……」 ドアの向こうには、竹田とその肩にもたれている宮本がいた。 「…これ、宮本…どうしたんだ?」 「どうもこうも。宮本、飲みすぎだよ。みんなに飲まされて、俺が送るはめに  なった」 竹田は、宮本をひきずったまま、ずかずかと部屋に入った。そして、宮本のベッド に宮本を放り投げる。 「…重かった…」 「お、おつかれ…。よければ、ケーキ食べていくか?」 「いや、いいよ。俺もう、部屋に戻るし」 竹田は、コキコキと首を鳴らしながら、大きくため息をつく。 原宿は、宮本が自分を放り出して、こんな正体をなくすまで飲んでいたことに、 少なからずショックを受けていた。 「イブなのに、悪かったな」 「…あ、いや…その…別に俺は…」 「バカだよな、宮本は」 うーん、とベッドの上で宮本がみじろぐ。どうやら、酔っ払って気持ち悪いらしい。 竹田は、小さなためいきを一つつくと、原宿とテーブルを交互に眺めた。 「…?」 「原宿、メシは?」 「あ、もう食べた…」 「テーブルの上、何も手ぇつけられてないのに?」 「…あ…いや、これは後で食べようと思って…。もう、弁当食べたんだ」 竹田は、原宿の言葉に眉をしかめる。 「別にいいけどさ」 「…」 原宿は、竹田に全てを見透かされているようで、恥ずかしくなって視線をそらした。 「…あ、ありがとうな。宮本送ってくれて。迷惑かけた」 もう竹田を部屋から追い出そうとそう言うと、竹田はニヤリと笑う。 「いや、いいよ。…やっぱり、ケーキぐらい食べていこうかな。クリスマスだし」 「え? あ…なら、切るよ。ちょっと待ってて」 宮本のために用意していたケーキナイフを、原宿は用意した。 テーブルに竹田を座らせて、向いに自分が座る。そして、ケーキにナイフをいれた。 「…なぁ、原宿?」 「ん?」 皿にケーキを盛って渡すと、皿ごと竹田に手をつかまれた。 驚いて手をひこうとしたが、しっかりつかまれているので、どうすることもでき ない。 ベッドの上の宮本は、起きる気配もない。 「た、竹田…何…?」 「いや。聖夜にさ、ちょっと面白いかな、と思って」 「え…?」 竹田が、空いている方の手で皿のケーキのクリームをすくい取り、ゆっくりと なめた。それを見ながら、原宿は自分の腹が減っていたことに気づく。竹田は クリームをなめきると、原宿の方をじっと見つめた。 そして、つかんでいた手を急に引っ張って、テーブルごしに原宿にキスをした。 甘い、生クリームの味が、原宿の舌に吸い込まれた。 原宿は驚いて、何も動くことができなかった。 竹田は、無抵抗の原宿の唇をなめ、歯や舌をひとしきりなめると、何事もなかった かのように離れる。 「…メリークリスマス、原宿」 「……」 「騒ぐなよ。宮本、起きちゃうよ」 竹田は、そう言うと、ニヤリと笑った。 「別に深い意味はないよ。イブに、キス一つしてくれない男の、代わりさ」 原宿は、驚きのあまり何も言えなかった。竹田は、そんな原宿を見て、満足そうに 笑う。そして、原宿の手を放した。 「ケーキごちそうさま。おいしかったよ。それじゃ、おやすみ、原宿」 まだ呆然としている原宿を残して、竹田は席を立った。 後には、クリームがすくいとられたケーキと、動けない原宿が残される。 部屋を出て行く時に、思い出したように竹田が振り返った。 「…ちなみに、一応フォローしておくけどさ。宮本が動けなくなるぐらいまで  飲まされたのは、『今日は恋人と過ごすから、早めに帰りたい』なんて、  みんなの前でのろけたからだよ」 閉められたドアに、原宿は何も反応することができなかった。 深夜2時。やっと動く気になった原宿は、ぐっすり眠る宮本の横に立った。 「…メリークリスマス…宮本?」 そっと口づけると、酔っ払った宮本の体温が、唇に伝わってくる。 原宿は、宮本のベッドにもぐりこんで、寝た。
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