『Answer』−マサムネ−
   人気のない視聴覚室の戸を開けるとヤツの背中が見えた。 「こんなところに呼びつけて、何のつもりだ?……ナミ」  机に座っていたヤツが立ち上がりこちらに顔を向けた。 「ここなら誰にもジャマされずにあんたと話ができるからね」  ヤツの足音が近づく…… 「で……その大層な用件とやらをさっさと聞かせてくれないか?  こちらもそんなに暇じゃないんでね。」  ヤツから視線を逸らさないように……  ヤツの口から吐き出される言葉を聞き逃さないように……  ヤツを見つめる……  ゆっくりと開く口元…… 「もう……いい加減やめようや、あんたもいちいち俺の行動に絡んでくるの飽きて  きてるんでしょ?   最近前よりひどくなったのも飽きてるの悟らせたくなかったんでしょ?……   そんなことはどうでもいいんだけどさ、俺はもう飽き飽きしてるんだ、なにも  かもにな」  胸の中に棘が刺さる  胸の中がチクンと痛む……  ヤツの言うとおり近頃の俺はことさらヤツに絡んでいた……  ヤツに突っかかることで、自分の中に芽生えた何かをかき消そうとしていた。 「今までのことを、全部なかった事にするつもりなのか?……そりゃあずいぶん虫の  いい話だな。」  ヤツの口が動き続ける 「もちろん、けじめはつけるよ、あんたが嫌っているこの俺を、好きにしなよ……」  ヤツの声が遠くで聞こえる 「好きにしろ?ふざけてんのか?」 「なんで?いい話でしょ?大嫌いな俺をあんたは好きなだけ殴っていいんだから、   それに後で、俺の事ぼこぼこにしたって言いふらせばいい……   この事に関しては俺は今後一切何もしゃべらない……もってこいでしょ。」  ふとした疑問がわいてくる 「わからんな……ナミ」 「なにが?」 「そこまでして……お前にメリットはあるのか?」  ヤツがうっすらと笑った 「いっただろう……何もかもに飽きたって……俺はもう飽きたんだよ周りから遠巻き  に見られるのも   媚び諂って寄ってくる奴らにも、憧憬の視線向けられるのも……   もう一度どん底まで堕ちて誰にも関わりたくないんだよ」  ヤツの瞳に翳りが宿る 「だったら転校でも、退学でもすればいいだろう…お前は優等生なんだし一度  この学園を去った身だ」  ヤツの瞳にまた翳りが宿る  今まで俺を見据えていた目がはじめて伏せられた。 「一人だけ………見守っていたい奴がいる……」  ヤツの目はまだ伏せられたままでいた  ……そういうことか……  俺は、中等部の少年のことを思い浮かべた 「わかった……ナミ……覚悟はいいんだな?」 「くどいよ」  ヤツは目を閉じ正面を向いた  ヤツの胸倉をつかむ  近づく顔……  憎くてたまらなかったはずの顔……  本当に憎かったのか?  最初は嫌いだったわけじゃない  それがいつからか憎しみに変わっていった  今この思いも憎しみなのか?  いつからか感じてきたこのわけのわからない感情  もしも……  今  コイツに口づけをしたら  答えが出てくるのだろうか    ヤツは目を閉じている今なら……  あと数センチ、ヤツに近付くだけで……  …………  ………  ……  ふっ  答えが見つかったとき知らずに笑いがこみ上げた  俺は胸倉をつかんでいた手を緩めた  ヤツが目を開く  そんなことやって出た答えなんかいらねぇや  それが答えだ 「ナミ……お前なんか殴ってもつまらん。それになんでお前なんかの願いを叶え  なきゃならねぇんだ?   もう二度とお前なんかに構うか……自分の周りは自分で始末しろ…これで用は  済んだな……じゃあな」  俺はヤツに背を向けて出口に向かう 「マサムネ!!」  珍しくヤツの叫ぶ声を聞いたが無視をして戸を開け教室を出る  最後にヤツが言った言葉は俺の耳には届かなかった。  ヤツの言葉は、もう二度と俺の耳に届くことはない。    誰もいない裏庭に俺は座っていた。  何も出来なかったのは俺が逃げてしまったからなんだろうか……  もう考えても仕方ない……もう終わったことなのだ……  しかしどういうわけかさっきから涙が止まらない  まあ放っておけばそのうちに止まるだろう……  それまではここにいるしかないな  その時植え込みの木が大きく揺れた  
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