Gratify2
Gratify1はこちら 2.過去 「…何の用だ」 全ての始まりは4日前。放課後、ナミはマサムネを体育館裏に呼び出した。勿論、 一対一の条件付きで。 体育館裏は木々が鬱蒼と生い茂る場所で、普段は人気がない場所であった。 感情のこもらない声と同時に冷たい風がマサムネの頬を切り、髪を乱した。 見たところ、ナミ以外に人の気配はない。お前が取り巻きを連れていないなど珍し いじゃないか、とマサムネが呟く。マサムネはナミが示した約束を鼻から信用して いなかった。 「用件があるならさっさとしろ。俺は貴様に構っている暇など無い」 「せっかちだな」 「貴様と話す時間が勿体ないだけだ」 「判ったよ……マサムネ、これが何か判るか?」 太陽が雲の陰に隠れ、その場が一瞬にして暗くなる。風が大きく大樹を揺らし葉が 二人の頭上に舞い降りた。 「……」 ナミが取り出したのは一本のカメラフィルムだった。得意げに笑うナミをマサムネ は無言で睨み付ける。 「…判っているようじゃないか。そう。映っている場所は体育館倉庫、と言えば もっと鮮明に思い出すかな」 「……最低だな」 「それは今の心境か?」 ―数日前、マサムネは体育館倉庫に呼び出しを受けた。名目は「倉庫の掃除」で あったのだがそれが罠と判るのに時間が掛からなかった。 倉庫に入った瞬間、鍵が掛けられる。同時に複数の笑い声が聞こえ、窓からうっす らと光を浴びて奥に立つ人物はマサムネが最も憎む相手そのものだった。じりじり と迫ってくるナミの取り巻き、もとい信者達には目もくれずマサムネは目の前に立 つ男を睨み付けた。 「体育倉庫とはな…。貴様は芸がなさすぎる」 それから始まったのは「制裁」と言う名の暴行。 マサムネにとって忘れたくも忘れられない最低の過去―。 無言のまま立ち尽くす二人を再び太陽が照らし出す。 初めに口を開いたのはマサムネの方だった。 「…どうするつもりだ」 苦渋に満ちた声。眉間の皺は更に深く刻まれている。表情から感情は伺いしれない ものの間違いなくマサムネは動揺しているとナミは察知した。 この瞬間を待っていた。マサムネが自分に屈するこの時を。ナミはこれまでにない 征服感に酔いしれた。 手にするフィルムをポケットの中にしまい込むと余裕の笑みでマサムネとの距離を 詰める。 「俺の好きにさせてもらうさ」 唇を噛みしめるマサムネの肩をナミは軽く叩いた。 「触るな!」 拒絶の高い声。マサムネはその手を振り解き、数歩下がってナミとの距離をとる。 しかしナミは気にするようでもなく更に詰め寄った。 「それは俺の望まない態度だ…今夜、お前の部屋に行く。鍵は開けとけよ」 「……クソが」 「はは、何とでも。…楽しませろな、俺を」 見下すように、そして卑猥な笑みを浮かべるナミにマサムネはキッと睨み返す。 ナミはマサムネの瞳を見つめたまま視線を合わせるとその薄い口唇を自分の舌で 舐め取った。…予想外にマサムネの表情は一向に変わない。抵抗もないのを良い ことにナミは自分のそれを重ね合わせた。 「……ん…っう!……」 無表情のマサムネからばっと顔を離したナミの口元に紅い液体が流れ落ちる。 瞳に動揺を見せたのはナミの方だった。 同じようにマサムネの口唇にもそれがこびり付いていた。 そして何時もナミに見せる眼―それは軽蔑した眼差しで静かに言い放つ。 「貴様。調子に乗るな」 「くっ…」 じんじんと痛む口唇を噛み締め、手の甲で血を取り除く。 静かに佇むマサムネを前にナミは一度深く息を吐き、マサムネの口元を見据える。 心臓が一度高く鳴った。 拭うこともなくこびり付く、ナミの血痕。冷たい表情は生気を感じられない。 美しい。 気がつくとナミはそう呟いていた。ぞくぞくと背筋が震える。 そうだ。俺とマサムネは血の契約をしたのだ。口唇の血は俺との契約印。 マサムネは……もう俺の物だ。 狂気に滲むナミの視線がマサムネを貫く。 「…噛みつく狂犬こそ、可愛がいがあるというもの。今夜、な」 ナミは口元の血を親指で流れる血を拭い取るとマサムネに背を向けて歩き出した。 口元に血をこびり付かせたまま立ち尽くすマサムネの髪をもう一度強い風が乱し、 木々の中へと消えていった。
ブラウザの「戻る」で戻ってください